第23話

☆☆☆


嘘か本当かわからないけれど、とにかく地図の場所へ行ってみよう。



そう思い立ったのは翌日の国語の授業中だった。



どんな授業を受けていてもこの日は身が入らず、先生に怒られたところだった。



クラスメートから笑い声が聞こえてくる中、ユウナは国語のノートの最後のページを開いてペンを持った。



山に入るのに必要なものを書き出していく。



懐中電灯。



方位磁石。



もしものときのために笛。



水や、ちょっとした食べ物も必要かもしれない。



なにせあの地図だけでは目的地までどのくらいの時間がかかるかわからない。



その上山道を歩くのだから、相当体力も使うはずだった。



そう考えるとあれもこれも必要になってくる。



夢中になってノートに書き込んでいくユウナを、キミとサエは睨むようにして見つめていたのだった。


☆☆☆


そして次の休日はすぐにやってきた。



ユウナは朝起きたときから胸がドキドキしていて、本当に山の中に入るのだと自分に何度も言い聞かせないといけなかった。



白いリュックの中身を取り出して、指差し確認をしていく。



懐中電灯。



方位磁石。



笛。



虫除けスプレー。



飲み物。



それに少しの食料だ。



服装は長袖長ズボンで、寒くなってきたときのために薄めのジャンパーも用意した。



リュックを背負って家を出るとき、母親がリビングから出てきそうだったので慌てて玄関から出た。



そのまま足をゆるめることなく最寄りのバス停まで急ぐ。



さすがにこんな格好を見られたら引き止められてしまうだろう。



バス停に到着するまでに何度も振り向いたけれど、母親が追いかけてくる様子はなくてホッと胸をなでおろした。



もともとバスの乗客は少なくて、乗っているのはユウナの他に70代くらいの女性が2人だけだった。



2人ともこれから病院へ行くようで、さっきから足が痛いとか、腰が痛いとかいう話をしている。



ユウナは一番後の席の窓際に座って流れていく景色を見つめた。



これから自分が都市伝説の真相を知るために山の中に入っていくなんて、まだ信じられない気分だ。



だけど本当に真実の電話があれば、自分もあの作品の中のサラリーマンみたいに相手に復讐することができる。



自分を笑うやつらを黙らせることができる。



そう考えてユウナは膝の上でこぶしを握りしめたのだった。



☆☆☆


バスで山の麓まで移動してきたユウナは山道を歩いていた。



舗装されている山道は想像以上に歩きやすくて、木々も開けて見渡しが聞いた。



風が吹くと少し寒いけれど草木がざわざわと揺れる音が耳に心地よくきこえてくる。



他に散歩している人の姿はなくて、鳥のさえずりが間近に聞こえてきた。



ただこうして歩いているだけなら本当に気持ちがいい散歩になったはずだ。



だけどユウナの目的は散歩ではなく、真実の電話を探すことだった。



コンビニで印刷してきた地図を確認しながらしばらく歩いていると、舗装されている道から外れて行かないといけないことがわかった。



ユウナはしばらくその場に立ち尽くして、森の中を見つめる。



今はまだ太陽が高い位置にあるし、天気が崩れているわけでもない。



ザッと見た感じ獣がいるような気配もしない。



「大丈夫だよね?」



自分に聞いて、自分で頷く。



そうしないと山の中に入っていくのが怖くて仕方がなかった。



リュックの中から笛を出して首にかけ、おおきな鈴がついたキーホルダーをリュックにひっかけた。



音がすれば動物は逃げていくと、母親から聞いたことがあったからでかけるとき急遽リュックに入れてきたのだ。



「方位磁石もあるし、きっと大丈夫」



右手に地図、左手の方位磁石を握りしめてユウナは森の中へと足を進めたのだった。


☆☆☆


1時間ほど森の中を歩いたとき、すでに当たりは薄暗くなり始めていた。



森の中の夜は早く訪れると聞いたことがあったけれど、本当にこんなに早いとは思っていなかった。



まだ真実の電話を見つけることはできていないユウナは焦って背中に汗が流れていく。



昼ごはんもまだ食べていないはずなのに、お腹は全然空いていなかった。



ただ早く電話を見つけたい。



そして早く帰りたい。



その一心で地図を片手に山の中を歩き回る。



時々遠くの方で狼の無き声が聞こえてきては立ち止まり、身を震わせた。



ここで狼なんかにあったら、きっと食い殺されてしまう。



その様子を想像してしまい体が芯から冷たくなっていく。



ユウナは強く頭を振ってその想像をかき消した。



少し早いけれど懐中電灯で当たりを照らしながらまた一歩を踏み出した。



きっとある。



真実の公衆電話はきっとある……!



そう信じて更に1時間ほど歩いたとき、山の中はすでに暗闇に包まれていた。



麓ではまだ真っ暗にはなっていなかったが、山の中には暗い影が落ち込んでくる。



だんだん視界が悪くなっていく中、ユウナの気持ちは更に焦り始めていた。



真実の電話なんて本当はないのかもしれない。

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