第21話

その後も授業が終わるたびに日誌を取り出して、時間割の隣に授業内容を記入して行った。



こんなことをしてどうなるのかと思うくらい、つまらない作業だ。



こんなのそれぞれの先生にどこまで授業が進んだか質問をすれば終わることなのにと、本気で思っている。



休憩時間に入ったとき、ユウナは1人でトイレに立った。



最初の頃はトイレに誘う友達もいないことが嫌だったけれど、今ではなれてしまった。



思えば、トイレくらい1人で行けばいいんだ。



「カナちゃん、なにか面白い話知らないの?」



個室に入っているとき、そんな声が聞こえてきた。



「面白い話?」



「うん。カナちゃんって恐い話とか好きでしょう?」



「あぁ、そういう話ならいくらでもあるよ。どんな話が聞きたいの?」



知らない女の子たちの会話だったけれど、なんだか面白そうで耳を傾けた。



「あまり怖くない方がいいかな」



「それなら、『真実の電話』の都市伝説って知ってる?」



「真実の電話?」



ユウナも聞いたことのない話で、個室の中で続きを催促したい気分になった。



トイレから出て一緒に話を聞けばいいのだけれど、ユウナにはそんなことできなかった。



自分がイジメられていると知っている子だったとしたら、無視されたり逃げられたりしてしまう。



自分の知らないところで気がついたら嫌われているなんてことも、何度か経験したことがあったのだ。



だからユウナは息を殺してトイレの個室から耳を傾けることしかできない。



「この街にある口中電話の話しなんだけどね、それは真っ赤な公衆電話で山の中にあるんだって」



その電話を見つけた人はお金を入れること無く受話器を上げるの。



そして相手の名前を告げると、その人の過去や本心を聞くことができるんだって。



「それって面白いね! でも山ってどこの山なの?」



「噂の中では県境の山だって聞いたことがあるよ」



「この街で一番大きな山じゃん! そんなの見つけられるわけがないよ!」



「だから噂は噂でとどまってるんだよ」



そう言いながら2人組はトイレから出ていってしまった。



真実の電話……。



ユウナは心の中でさっきの説明を思い出していた。



赤い電話は山の中にある。



その電話に向けて相手の名前を告げると、その人の過去や本心を聴くことができる。



「面白そう」



思わず頬が緩む。



都市伝説や七不思議といった話しは大好きで、小学生の頃には人面犬や口裂け女を探しに出かけたりもした。



学校内の怪異に出会うためにわざと放課後教室に残って、1人でこっくりさんをしたりもした。



けれどどれも失敗ばかりで、化け物たちに出会えたことは1度もなかったのだ。



だけど今回の電話についてはかなり真実味がある気がしていた。



今まで聞いてきた話は全国に似たような伝承が残っていて、具体的なことはなにもわからないままだった。



その点真実の電話は山の名前まですでにわかっている。



その山を徹底的に調べれば電話を見つけることだってできるかもしれないんだ。



そう思うとユウナの心は踊り始めた。



小学校の頃都市伝説を追いかけたときのように、もう1度追いかけてみたいと思えた。



こんな風に胸が高鳴るのは本当に久しぶりのことだった。



イジメが原因で暗く沈んだ毎日を過ごしてきたけれど、それすら明るく照らし出してくれるような気がした。



なにせ、その電話では相手の過去や本心が見えるのだ。

あの2人の過去や本心を覗き見ることができれば、どれほど楽しいだろう。



そう考えただけでユウナの頬は緩んでいくのだった。


☆☆☆


放課後になって日誌を先生に渡しに行ったユウナはそわそわとした気分で先生のチェックを待っていた。



早く家に帰って真実の電話について調べたい。



調べてもっと詳しいことがわかったら、実際にその場へ行ってみようと考えていた。



「うん、ちゃんと書けてるな」



先生からのOKが出てホッと胸をなでおろす。



「じゃあもう帰っていいですか?」



そう聞きながらもすでに片足は出口の方へ向けている。

101 / 151


「あぁ。そうだ、昨日ケガをしたんだって?」



今思い出したという様子で先生が聞いてきたのでユウナは少し眉間にシワを寄せた。



昨日の体育の授業のことを言っているのだ。



「はい。少しだけ」



腕はまだ痛むけれど、もう手が上がらないほどではない。



すぐに保健室へ行って湿布を貼ってもらったのがよかったみたいだ。



「そうか、気をつけないとダメだぞ?」



その言葉にユウナは返事ができなかった。



先生は本当にユウナが1人で勝手にケガをしたと思っているんだろうか。



いくらなんでも、クラス中から無視されていることに気がついていないなんてこと、ないと思うけれど。



そう思って先生を見ていると、先生は不意に視線を外した。



そして「まぁ良かったな。友達が保健室まで迎えに来てくれたって聞いたぞ。友達は大切にしないとな」と、言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る