第19話

そんな甘えた感情が浮かんできたとき、ノック音がしてドアが開いた。



「ユウナを迎えに来ました」



その言葉に驚いて振り向くと、ドアから入ってきたのはキミとサエの2人だったのだ。



2人は優しい笑顔を浮かべてこちらへ近づいてくる。



ユウナは咄嗟に身構えてしまうが、先生の前でなにかする気はなさそうだ。



「あら、いい友達がいるじゃないの」



先生は2人を見て微笑んだ。



『友達なんかじゃない!』そう言ってしまいそうになるのを、どうにか我慢した。



この2人の前でそんなことを言ったら、どんな仕返しが待っているかわからない。



「友達も迎えにきてくれたし、もう大丈夫よね?」



笑顔で聞いてくる先生にユウナは頷くしかなかった。



本当はもっと色々なところがいたい。



お腹にも背中にもボールを当てられた。



それよりなにより、心が一番痛かった。



だけどそれが言えないまま、ユウナは2人と共に保健室を出ることになってしまったのだった。


☆☆☆


「余計なこと話したんじゃないだろうな?」



保健室から離れた途端、ミキが低い声でそう聞いてきた。



ユウナが保険の先生に自分たちのやったことをバラしていないかどうか、それが不安になってわざわざ保健室まで迎えに来たのだ。



わかっていたことなので、別にショックではなかった。



この2人が自分に優しくするはずがないんだから。


「話してないよ」



ユウナはうつむいて歩きながら返事をする。



「でも本当にユウナってトロいよね。1人でバレーボールの練習して、1人でアザ

だらけになるんだからさ」



そう言って笑ったのはサエだった。



ユウナは驚いてサエを見る。



サエとキミは目を見交わせた。



「本当だよね。ユウナは1人で練習してた。私達はそれを見てただけだよね」



キミがサエに合わせて話を作る。



2人共そういうことにするつもりなんだ。



なにか言い返さないと。



自分たちがやったんだろって、言わないと。



けれどやっぱりユウナはなにも言えなかった。



ユウナを真ん中に挟んでケラケラとおかしそうに笑う2人へ向けて、やめてとも、もうほっといてとも言えない。



ただうつむいて下唇を噛みしめる。



やがて2人はなにかを思い出したように廊下を曲がり、姿を消してしまった。



ユウナに釘を刺すためだけに保健室まで来たから、教室まで一緒に行く気は最初からなかったのだ。



「なによ……」



呟くユウナの胸の中には深くてドロドロとした澱が沈殿し始めていたのだった。


☆☆☆


その日帰宅してからも気分が晴れなかったユウナは、机の引き出しからボロボロになった一枚の写真を取り出した。



それは3年B組の集合写真だったがあちこちに穴が開いていて、今にも破れてしまいそうだ。



その写真の下に古いノートを置くと、ユウナは画鋲を取り出した。



サエとキミの顔や体を必要に突き刺していく。



力を込めすぎて下のノートまで突き刺してしまう。



「勉強ができるのがそんなに偉い? 運動ができるからってなんなの?」



ブツブツと口の中で陰口を叩きながら、何度も何度も穴をあける。



「こいつらも同じ。見てみぬふりしやがって」



興奮状態になってきてユウナは他のクラスメートたちの顔にも画鋲を突き刺し始めた。



ブスブスと穴が開くたびにユウナの顔には笑みが浮かぶ。



最後に担任の先生の顔に穴を開けてようやく満足したように画鋲から手を離した。



「あぁ、スッキリしたぁ!」



本人へ向けてはなにも言えないユウナは、こうして写真をボロボロにすることでストレス発散をしていたのだ。



机の引き出しを開けてみると、同じ集合写真が何枚も印刷されていて、そのどれもに穴が開けられていた。



「さぁて、テレビでも見ようっと!」



ユウナはすっかり機嫌がよくなり、スキップをしながらリビングへ向かったのだった。


☆☆☆


今日はユウナの好きなテレビ番組がする日だった。



毎週楽しみにしていて、今日のゲストは大好きなお笑い芸人だ。



「ちょっとユウナ、いつまでテレビを見ているの?」



家に帰ってきてからずっとテレビの前から離れないユウナに母親が怒った声を出す。



しかしユウナは画面に視線を釘付けにしたまま返事をしない。



「ユウナ聞いているの!? もう晩ごはんなのよ!?」



耳元で怒鳴られてようやく自分が呼ばれていることに気がついた。



「わぁ、ビックリした。そんな大声出さなくても聞こえてるよ」



ユウナは仏頂面でそう言ったけれど、動こうとはしなかった。



ちょうど面白いクイズが出題されたところなのだ。



「聞こえているならお箸を出すくらいのお手伝い、できるでしょう?」



「ちょっと待って今いいところだから」



お箸くらいすぐに出すことができる。



それなら後回しにしたっていいはずだ。



「今やって!」



解答が表示されるタイミングでテレビ画面がパッと消えてしまった。



「ちょっとなにするの!?」



すぐにリモコンへ手を伸ばすけれど、母親に取られてしまった。



「勉強もお手伝いも後回しにしてちゃダメでしょう!?」



母親はリモコンを持ったまま仁王立ちしている。

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