第13話

恐る恐るノブをひねってみると、扉は外側へと開いた。



「誰かいますか?」



部屋に足を踏み入れる前に一声かけるが、どこからも返事はない。



やっぱり風のせいでドアが勝手に閉まったのかな?



そう思ってホッと息を吐き出したときだった。



ギィィと木がきしむ音が聞こえてきてユキコはビクリと体を跳ねさせた。



部屋の中をよく確認してみると中央に大きな揺り椅子が置かれていて、それがかすかに揺れている。



「ごめんなさい、人がいたんですね」



そう声をかけて慌てて扉を閉めようとして、揺り椅子の上から黒い髪の毛が見えていることに気がついた。



こんな椅子に座るのは年配の人だと勝手に思っていたユキコは閉じかけた扉を再び開けていた。



あれに座っているのは誰だろう?



若い人に見えるけれど、どうして返事をしないんだろう?



疑問が浮かんでくるともう部屋から出ていくことはできなかった。



ユキコはそっと揺り椅子へと近づいた。



そして思いきって前で回り込んだ時、悲鳴をあげそうになって両手で自分の口を塞いでいた。



そこに座っていたのはマヤちゃんだったのだ。



ううん、正確に言うとマヤちゃんにそっくりな人形だ。



等身大と思われる大きな人形が揺り椅子に座り、じーっと前を見つめている。



どうしてこんな人形が!?



そう思うと同時に全身が寒くなった。



やっぱりマヤちゃんはもう死んでいるんだ。



それでもあの母親は納得していなくて、こんな風に人形を作ったんだ!



親が子供を亡くしてここまで狂気を見せるのはどういうときだろう?



例えば、子供がイジメにあって自殺したときとか?



考えて強く左右に首を振った。



そんなことない。



これは自分の考えすぎだ。



だいたいマヤちゃんへのイジメは大したことじゃなかった。



自殺なんてするほどのことじゃなかった。



本当に?



イジメられていた側がどこまで傷ついていたかなんて、わからないんじゃない?



ユキコはふらふらと後ずさりをして、そこにあったベッドに当たりそのまま座り込んでしまった。



大したイジメじゃないと思っていたのは自分たちだけで、マヤちゃんは自殺してしまうくらい思い悩んでいたとしたら?



だから学校にも来れなくなって、そのまま自殺してしまっていたとしたら?



マヤちゃんはまだ私達を恨んでいるから、写真の中に出てきたのだとしたら?



ユキコの両目から大粒の涙が溢れ出していた。



部屋も人形も歪んで見えて、早く逃げ出したいのに逃げ出すことすらできない。



それでも涙は止まらない。



「ごめんなさい、ごめんなさいマヤちゃん」



震える声で何度も謝る。



だけどもう人形になってしまったマヤちゃんにはなにも聞こえない。



なにも言うことだってできない。



傷つくことだって、もうできない。



「マヤちゃん……!」



人形にすがりつくようにして両手を伸ばしたときだった。



ベッドの上から誰かの寝息が聞こえてきてユキコが涙を拭った。



天蓋の奥から規則正しい呼吸音が聞こえてくる。



誰……?



マヤちゃんのお父さんとか、おばあちゃんかもしれない。



だとしたら勝手に部屋に入ってしまったことを謝らないと。



そう思って相手を起こさないように天蓋を開けたその時、ユキコはまた悲鳴をあげてしまいそうになった。



ベッドに眠っていたのは白い顔をしたマヤちゃんだったのだ。



マヤちゃんはクリーム色のネグリジェを着せられていて、本当にただ眠っているだけのように見える。



けれどベッドの横には点滴用の棒が置かれているし、見たことのない医療機材も置かれている。



これは一体どういうことなんだろう?



「マヤよ」



突然後から声がして飛び上がって驚いたあと、振り向いた。



そこにはマヤちゃんの母親とユリが立っていた。



母親は揺り椅子の人形を大切そうに両手で抱えて抱っこすると、その揺り椅子に自分が腰掛けた。



「そろそろあの時のことを教えてあげるわね」



そう言うと、遠い目をして辛い過去を語り始めたのだった。


☆☆☆


それはマヤちゃんが小学校6年生のときのことだった。



元々お嬢様学校に通っていたマヤちゃんは学校が肌に合わず、一般的な学校に転校した。



『学校はどう?』



夕食の時間になると母親は必ずそう質問をした。



自分が出たのではない小学校に通い始めたマヤちゃんをいつも心配していたようだ。



『うん、大丈夫だよ』



マヤちゃんは笑顔で答える。



それ以上学校のことを話すことはなかったから、きっとあまりうまく行っていないのだろうということはわかっていた。



それでも娘が自分で決めたことだから、やれる範囲で頑張ってみればいいという考えだ。



『それで、今度はどんな本を読んでいるの?』



『今度も冒険小説だよ。あのね、今回の主人公は女の子たちでね』



マヤちゃんは小説の話しなるととたんに饒舌になって、笑顔が増える。



その笑顔が見たくて、母親はマヤちゃんにたくさんの本を買い与えていたようだ。



でも、それから数ヶ月が過ぎた頃マヤちゃんは学校へ行く時間になっても部屋から出てこなくなった。



なにかがあったのだろうと察した母親は無理に理由を聞くこともなく、その日は学校を休ませた。



けれどそれが2日、3日と続いていく内に『保健室や図書室ならどう?』と、声をかけるようになってきた。



教室へ行かなくてもいいのなら学校に行くことができる。



マヤちゃんは週に2、3回、教室以外の場所に登校するようになっていた。



それでも一応は学校に通っているマヤちゃんに母親は安心していた。



この先中学生になったら、また昔通っていた学校へ戻ればいいのだ。



マヤちゃんの成績なら問題はなかったし、なにより家柄もちゃんとある。



マヤちゃんにはこの一定期間、お嬢様学校と一般的な学校を経験させることができてよかったのだ。



そう、プラスに捉えることにした。



そして、そのまま卒業式の日が来た。



『今日はちゃんと教室に行くから』



最後の大舞台を両親にも見てほしい。



だからマヤちゃんはその日笑顔で家を出たそうだ。



両親ともマヤちゃんの卒業式での姿をとても楽しみにしてた。

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