第12話
マヤちゃんのあの大きなお屋敷はまだそこに建っていた。
立派な日本家屋が視界に見えてきたとき、2人は同時に歩調を緩めた。
ここまで来たもののまだこの家にマヤちゃんの家族が暮らしているとは限らない。
表札を確認して名字が違えば引き返さないといけないのだ。
ユキコは呼吸を整えるように深呼吸をして、額に滲んできた汗を手の甲で拭った。
「家、まだあったね」
後からユリがそう声をかけてくるので、小さく頷いて返事をした。
ここまで全力で走ってきたからユリの呼吸も乱れている。
2人は呼吸を整えてからそっとお屋敷の門へと近づいた。
石でできた門柱に、同じように石でできた表札が出ている。
「マヤちゃんの家族で間違いないよ」
ユリが表札を確認して呟く。
「そうだね」
転校はしていなかったということになる。
ではまだマヤちゃんもここに暮らしているんだろうか?
写真に写った少女の姿を思い出すと背筋が寒くなって、玄関チャイムを押すのに二の足を踏んでしまう。
それでも勇気を出してユキコはチャイムを押した。
『はい、どちらさまですか?』
しばらく待っていると品のいい女性の声が聞こえてきて緊張が走った。
ユキコとユリはカメラに自分の顔を向けて『私たち恐怖小学校の卒業生です。マヤさんはいらっしゃいますか?』と訪ねた。
緊張で声が少し震えてしまう。
『少し待っていてね』
女性の声がそう行ったあと、門柱の間にある扉が自動で左右に開いていった。
「これって、入っていいよってことだよね?」
「そうだと思う」
2人で確認し合いながら広い日本庭園へと足を踏み入れる。
その瞬間後方で門が閉まっていく音がして、同時に振り向いた。
さっき開いたばかりの門がすでに閉じられていく。
それを見ているとなぜか心の中がザワついた。
このまま二度と外には出られないんじゃないかという恐怖が湧き上がってくる。
「ユキコ大丈夫?」
そう質問してきたユリだって青い顔をしている。
ここまできたんだから、もう後戻りはできない。
「大丈夫だよ、行こう」
ユキコはそう言って、ユリと共に歩き始めたのだった。
☆☆☆
「マヤは本当に本が好きな子なのよ」
客間に通された2人は重厚感のある大きなソファに座って、出された紅茶を飲んでいた。
玄関を開けてくれて女性はマヤちゃんの母親で、2人の前に座ってさっきからマヤちゃんの話しばかりをしている。
「そうですね。私達もよく本を貸してもらっていました」
ユキコは緊張をさとられないよう、必死に笑顔を浮かべて受け答えをする。
どれだけ紅茶を飲んでみてもすぐに喉が乾いてしまう。
マヤちゃんは今どうしているのか?
その質問が何度も喉から出かかっているのに、出てきてくれない。
「マヤが一番好きだったのは冒険小説なんだけど、2人とも読んだ?」
マヤちゃんの母親は白いフリルのついたブラウスと、紺色の足首まであるスカートをはいている。
家の中での服装とは思えなくて一瞬戸惑ったが、マヤちゃんの母親はいつでもこういう服装をしているようだった。
ソファに座って会話をする仕草もとても優雅で、生まれてからずっと裕福な家庭で育ってきたのだと連想させた。
「はい。マヤちゃんが貸してくれました」
答えたのはユリだった。
「そうだったのね。あの子にもあなたたちみたいな友達がいて、安心したわ」
本当に心底安心したようなその声色にユキコの胸がチクリと痛む。
母親の顔を直視できなくなって、顔をそむけてしまった。
その先には高級そうな臙脂色の絨毯が敷いてあって、改めて自分の家とはなにもかもが違うのだと思い知らされる気分だった。
「そうそう、それとね」
まだまだ続きそうな話にユキコは小さくため息を吐き出した。
だけど途中から気がついていた。
母親が話しているのはマヤちゃんの小学校時代の話しばかりなのだ。
その後、中学生になっているマヤちゃんの話は1度も出てきていない。
それがどういう意味なのかなんとなく理解しかけてきていた。
マヤちゃんはいつ、どうやって死んでしまったのか。
そんな疑問が浮かんできていたが、話に割り込んでそんな質問をする勇気はなかった。
「ごめんなさい、トイレを借りてもいいですか?」
どうにかこの先に話を進めたくてユキコはそう言った。
トイレで少し考えて、それから話題を切り出して見ようと思ったのだ。
「もちろん。そこのドアを出て右手よ」
ユキコはユリへ目配せをして部屋を出た。
リビングを出るとそこには長い廊下がある。
廊下には赤い絨毯が敷かれていて、歩いてもほとんど足音が聞こえない。
ふかふかとした地面を歩いているとなんだか別の惑星にでも来てしまったような気がしてくる。
母親に教えられた通り右手のドアへ手を伸ばしたそのときだった。
バンッ!!
と、廊下の奥から勢いよくドアが閉まる音が聞こえてきてユキコはビクリと体を振るわせた。
今の音はなに?
動きを止めて廊下の奥へ視線を向ける。
そこにもリビングと同じような焦げ茶色のドアがあった。
リビングから出てきたときあの扉は開いていたんだっけ?
それが風かなにかで閉まった?
そう思ってもちゃんと見ていなかったので開いていたかどうか思い出せない。
今の音を聞いて母親が出てくるかと思ったが、出てくる気配もなかった。
ユキコはしばらくその場に立ち尽くしていたが、勇気を振り絞って廊下を奥へと進み始めた。
勝手に部屋の中を見たら怒られるかもしれない。
だけど確認しないと気になって仕方なかった。
バレたら大きなお屋敷だから迷ってしまったとか、適当に嘘をつけばいいと思った。
そしてユキコは一番奥の扉の前までやってきた。
ドアについている金色のノブはライオンの頭部の形をしていて、触れるのに躊躇した。
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