第11話

☆☆☆


正直、マヤちゃんの家はアパートかなにかだと思っていた。



転校生だということは父親の仕事関係で転勤が多いのだろうと、勝手に想像していたのだ。



だけどそうじゃなかったと家の前まできて理解した。



その家はユキコやユリたちの暮らす家の何倍も大きくて、庭は学校のグラウンドほどの広さがあったのだ。



その広い日本庭園を抜けるとようやく玄関に到着する。



まるで旅館を思わせるような佇まいの日本家屋にユリもユキコも戸惑っていた。



とてもマヤちゃんのイメージとはかけ離れていたからだ。



『入って入って』



友人を家に呼んだことが嬉しいのか、マヤちゃんは終始はしゃいでいた。



部屋に招き入れられたときも、本専用の大きな部屋を見せられたときも、オヤツに出された見たこともない海外のお菓子を食べているときも、2人はなんだか上の空だった。



『マヤちゃんはどうして転校してきたの?』



話しが一段落ついたところでユキコは聞いた。



大きな一枚板のテーブルを挟んで座っていたヤマちゃんは少し視線を伏せた。



『前に説明したとおりだよ』



マヤちゃんは視線をそらせたまま答える。



前に聞いていた説明は、父親の都合というものだった。



だからこそ転勤が多い仕事なのだろうと想像していた。



『お父さんの都合ってなに?』



ユリが攻めるような口調になって聞く。



マヤちゃんは少し肩震わせ、それから『そんなのどうでもいいじゃん。それより本の話をしようよ』と、話題を変えようとする。



だけど2人は許さなかった。



自分たちは嘘をつかれていたのだということが、すでにわかりはじめていたからだった。



こうなると少し無理してでもマヤちゃんに本当のことを言ってほしかった。



『……前の学校は私にはあわなかったの』



しばらく無言で見つめていたら、マヤちゃんは観念したように呟いた。



『どうして?』



『小学校受験をして入った学校だったの。小学校から大学までの一貫校。でもね、そこにいるのはお嬢様ばかりで、なんだか息がつまっちゃって。私なんて、元々そいういうの向いてないんだと思う。お父さんやお母さんからも、マヤはどうしてそんなに普通なんだってよく言われるんだ』



それはマヤちゃんにとっては本当の悩みだったに違いない。



転校してしまうくらい、お嬢様の生活になじめなかったのだ。



だけど当時のユキコたちにはそれがわからなかった。



こんなに大きな家に暮らして、欲しいものは何でも買ってもらえているだろうし、おまけにお嬢様だ。



それなのになんの不満があるっていうんだろう。



『私達は普通だから一緒にいられるわけ?』



いけないと思いつつ、ユキコの声が険しくなった。



それに気がついたマヤちゃんがハッとして顔を上げる。



『そ、そうじゃなくて』



慌てて弁解をしようとしたが、ユリがそれを遮るように立ち上がった。



『もういい、私達もう帰るから』



『そんな!』



『お嬢様はやっぱりお嬢様と友達になったほうがいいんじゃないの?』



玄関を出る時ユキコはバカにした声でそう言った。



完全な妬みだった。



たくさんの本を持っていて、たくさんの本を読んでいるお嬢様なマヤちゃんが羨ましかっただけだった。



だけどそれで3人の関係にはヒビが入ってしまったのだ。



そう簡単に修復することのない、大きなヒビが。


☆☆☆


当時のことを思い出した2人は互いに目を見交わせた。



あれ以来2人はマヤちゃんに話しかけることがなくなり、マヤちゃんはクラス内で再び孤立することになった。



影で陰口を叩く子がいたり、髪の毛をひっぱたり、わざとこかせるような場面も何度か見ていたのに、助けることもなかった。



だからマヤちゃんが当時どれくらいひどいイジメにあっていたのかもわからない。



ただ、途中からマヤちゃんはほとんど学校に来なくなった。



風邪をこじらせてしまったのだと先生は説明したけれど、誰も信じてはいなかった。



マヤちゃんは学校でイジメにあっていて、それが嫌で来られなくなってしまったんだと、なんとなくみんな理解していた。



それでも誰もなにも言わなかった。



マヤちゃんを同情する声もどこからも聞こえてこなかった。



それをいいことに、2人もマヤちゃんの連絡を入れたりすることはなかった。



イジメにも参加していなかったし、つかの間だったけど仲良くしてあげていた。



他のクラスメートたちに比べれば随分と優しくしてあげたはずだ。



自分たちだけでそう思い込んでいた。



「マヤちゃんって、転校したんじゃなかったの?」



ユリの言葉にユキコは目を丸くした。



「え、そうなの?」



「わかんないけど、元々転校生だったし突然学校に来なくなったから、あぁ、また転校したんだろうなぁって思ってたんだけど」



そう言われればそうなのかもしれない。



「マヤちゃんって卒業式にも来なかったよね? ってことはこっそり転校してたのかもしれないよね」



ユキコは何度も頷いて答える。



だけどそれだと疑問は解けないのだ。



どうしてあのカメラにマヤちゃんの姿が映っているのかどうかという、一番の疑問が。



それに気がついたとき2人は同時に黙り込んでしまった。



マヤちゃんが卒業式にも出られなかったのはクラスのイジメが原因で、今自分たちの前に姿を現しはじめた原因は私達を憎んでいるから。



そう考えるのが自然だった。



「例えばマヤちゃんが私達を恨んで出てきているとしたら、今マヤちゃんはどうしていると思う?」



ユキコの質問にユリは一瞬黙り込み、そして青ざめた。



「まさか、死んでるとか?」



ユキコがポツリとつぶやいてユリは「そんなことない!」と、大きな声で否定した。



同級生が死んだら連絡が入るはずだ。



でもマヤちゃんが死んだなんていう連絡はもらっていない。



「でも、あの写真に映っているマヤちゃんは絶対に幽霊だよね?」



誰もいない場所で勝手にシャッターが下りてそこにはマヤちゃんの姿があった。



あれが幽霊じゃなくてなんだと言うんだろう。



「わからないから、直接行ってみるしかないと思う」



ユリは青い顔をして、小さな声で言った。



「行くって、マヤちゃんの家に?」



「うん」



マヤちゃんは同じ小学校だったから、ここから徒歩で移動できる距離に家がある。



大きなお屋敷だったから、今でも建っていればすぐにわかるはずだ。



ユキコはゴクリと唾を飲み込んでユリを見た。



「そうだね、行ってみるしかないよね」



本当は行くのがとても怖かった。



だけどこのままではこの怪奇現象が終わることはない。



自分が今頑張らないといけないときんんだと、ユキコは自分自身に言い聞かせて立ち上がる。



ユリもそれに続いて立ち上がった。



今日も学校があるけれど気にしてはいられなかった。



2人は大慌てで家を出て、マヤちゃんの家へと向かったのだった。

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