第10話

それは小学校6年生の頃だった。



恐怖小学校に通っていたユキコとユリは当時からずっと仲良しだった。



『今日転校生の子が来るらしいよ』



同じ通学班だったユリが明るい声でそう言った。



『そうなんだ? 6年1組に?』



『うん。昨日先生が職員室で話してるの聞いちゃったの』



2人は下級生を連れて学校まで行く間にそんな会話をしていた。



恐怖小学校はとても大きなモンスター校で、転校生が来ることも、引っ越していく友達がいることもめずらしくはなかった。



ユキコたちも6年生になるまでに何人もの転校生を見てきたし、仲良くもなってきた。



だけど新しい友だちができるというのはやっぱり嬉しくて、学校に到着するまえの間2人の話題はずっと今日来る転校生のことでいっぱいだったのだった。



そして念願の転校生がやってきた。



朝の会の時先生に呼ばれて教室に入ってきたその子は、背が小さくてとても細い女の子だった。



気が弱そうな顔をしていて、自分の名前を言うときもおどおどしている。



知らない場所に突然放り込まれた小動物みたいだとユキコは思った。



それでも、どれだけおとなしい子でも一ヶ月もすれば誰かと仲良くなることができる。



今までの転校生たちだってそうだった。



『どこから来たの?』



『得意科目はある?』



思っていた通り、休憩時間になると転校生の周りにはクラスメートたちが集まっていた。



転校生の名前はマヤちゃんと言い、みんなの質問にひとつひとつ丁寧に返事をしている。



真面目な子のようでクラスメートたちの名前と顔を覚えようと必死になっているのもわかった。



けれど、マヤちゃんは結局誰とも仲良くなることができないまま、一週間を迎えてしまっていた。



最初は転校生ということで珍しくて話しかけていた子たちがいなくなると、自然と1人になってしまったのだ。



マヤちゃんから誰かに話しかけることはなくて、休憩時間になるとすぐに文庫本を取り出して読書をしはじめた。



その様子を見ていると、他のクラスメートたちも話しかけないほうがいいかなと、遠慮してしまったのだ。



やがてそれは当たり前の日常になって、一ヶ月経過する頃にはマヤちゃんは完全に孤立してしまっていた。



ただ、それをマヤちゃんが悲しいと感じていたのかどうかはわからない。



ずっと本を読んでいたし、あまり友人に興味がないようにも見えた。



『なに読んでるのか気にならない?』



ある日ユリがユキコへそう耳打ちをしていた。



視線の先には読書をするマヤちゃんがいる。



今日も相変わらず文庫本を読んでいて、誰とも会話していないみたいだ。



正直少しクラスで浮いてしまっているヤマちゃんに話しかけるのは嫌だった。



だけどユリだどうしても気になるというので、渋々一緒にヤマちゃんの机に近づいたのだ。



『ねぇ、何を読んでるの?』



ユリの言葉にマヤちゃんは驚いた表情で顔をあげた。



まさか話しかけられるなんて思っていなかった様子だ。



『えっと、冒険小説を』



マヤちゃんはぎこちなく返事をする。



タイトルを確認してみると、僕らの大冒険と書かれていて、なんの冒険小説なのかは全然わからなかった。



『どんな冒険小説なの?』



続いてユキコが質問してみた。



するとマヤちゃんは少し頬を赤らめて『男の子たち7人が、街の中にある不思議なものを見つけて、謎を解き明かしていくんだよ』と、教えてくれた。



正直、ふぅん? という感じだ。



いまいちピンと来ないというか、興味がわかない。



もっと具体的に教えてくれないだろうかと思ったときユリが『それ面白そうだね! シリーズものなの?』と、質問していた。



タイトルをよく見ると横に数字の3と書かれている。



この本は第3巻みたいだ。



『うん。あのよかったら1巻から持って来ようか?』



おずおずとそう言うマヤちゃんにユキコは驚いた。



自分からこんなふうに人になにか言うなんてこと、あるとは思っていなかったのだ。



そのくらい地味でおとなしいと思いこんでしまっていた。



『本当!? ありがとう!』



それから3人は本の貸し借りを得てどんどん仲良くなって行った。



マヤちゃんは地味でおとなしいと思っていたけれど、実は自分の好きなことに関してはすごく詳しくて、話し出すと止まらないことも見えてきた。



『マヤちゃんの家ってたくさん本があるの?』



休憩時間中、ユリがそんな質問をした。



マヤちゃんは頷いて『小説ならお母さんがすぐに買ってくれるの。マンガはあまり買ってくれないんだけどね』と、苦笑いを浮かべる。



だから毎回違う本を持ってきて、ユキコたちにもオススメしてくれるのだ。



それにマヤちゃんは本を読み慣れているようで、読むのがとても早かった。



『いいなぁ! ねぇ、今度マヤちゃんの家に行ってもいい?』



『もちろん! 好きな本があったら貸してあげるよ!』



こうして、運命の日が決まってしまったのだ。

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