第9話
その夜、ユキコは再び縄梯子を用意して2回の窓からそっと抜け出した。
時刻は前と同じ11時で、リュックの中にはキッチンから拝借した塩と、近所の神社でもらってきた御札があった。
夕方頃あの少女が写真に写ってから、やはり廃墟からついてきてしまったのだとわかった。
廃墟に戻ってもらうためにはこれしか方法も思いつかなかった。
ユキコは1人で丘の上に登り、洋館の門の前で立ち止まった。
前回来たときも威圧感はあったけれど今回は1人きりなので肌寒さまで感じた。
月明かりに照らされた洋館はまるでドラキュラ城のようにも見える。
ユキコは勇気を振り絞って門の中へ入り、玄関先へやってきた。
でも今日は中まで入るつもりはなかった。
玄関の前でリュックを下ろし、中から小皿を2枚取り出す。
それを玄関の前左右に起き、盛り塩を作った。
それから神社でもらった御札を玄関のドアに貼る。
「これでどうにか静まってください」
☆☆☆
昨日1人で洋館へ行ったユキコはスッキリとした気分で目を覚ました。
自分ができることはすべてやって、日常が戻ってきたような感覚だ。
ベッドの上で大きく伸びをして上半身を起こす。
スマホで時間を確認してみると、いつもより30分も早起きしていることに気がついた。
今日提出の宿題はちゃんと終わっているし、のんびりした朝になりそうだ。
鼻歌交じりに着替えをはじめたときだった。
カシャッと音がしてユキコは動きを止めた。
まるで壊れかけのオモチャみたにカクカクとした動きでカメラへ視線を向ける。
昨日どうしてこのカメラを一緒に持っていかなかったのだろうと、今更ながらに後悔した。
カメラは1枚の写真を吐き出して、それは音もなく床に落ちた。
ユキコはぎこちない動きで近づいてそれを手にとった。
写真の映像はまだ出てきていなかったが、そこから目をそらすことができない。
背中に冷や汗が流れていって、恐怖で呼吸が早くなるのを感じる。
そんな中、じわじわと映像が浮かび上がってきていた。
カメラはテーブルの上に置かれていて、誰もいない方向を映していた。
そのはずなのに……。
そこにはカメラの前に立ちはだかるあの少女の姿があったのだ。
少女はジッとカメラへ視線を向けている。
「どうして……」
足が震えて立っていられなくなった。
写真を握りしめたまま座り込み、ガタガタと体を震わせる。
どうしよう。
どうすればいい?
もう中学生だけではどうしようもないのかもしれない。
両親に相談しないと。
そう思って再び写真に視線を落とした時、不意につ映っている少女に見覚えを感じてユキコは眉を寄せた。
少女の顔は長い髪の毛と影で隠れているけれど、たしかに見たことがある。
思えば洋館で撮影したのになぜ日本人の少女が映っているのか、ずっと疑問だったのだ。
更にそれが自分にとって覚えのある人だとすると、もう偶然とは思えなかった。
ユキコは大きく息を飲んでカメラを片手に家を飛び出したのだった。
☆☆☆
ユキコが走ってきたのは徒歩5分の距離にあるユリの家だった。
ユリの家の玄関を叩くと、制服に着替えていたユリが驚いた顔で出てきた。
「どうしたのユキコ」
「どうしても学校に行く前に話がしたかったの」
ユキコは早口にそう言うと、強引に家に上がり込んだ。
ユリの部屋の場所は知っているから、そのまま部屋に入り込む。
ユリは慌てた様子で後からついてきた。
「これを見て」
ユキコはテーブルの上についさっき撮影された写真を乗せた。
それを見たユリが青ざめて息を飲む。
「この子、どこかで見たことがない?」
「え?」
ユキコの言葉にユリは眉間にシワを寄せながらも、ジッと写真を見つめた。
しばらくそうしていた後何かを思い出したように大きく息を飲んだ。
「嘘でしょ、まさか」
そう言って本棚から小学校の卒業アルバムを取り出して、乱暴にめくり始めた。
6年1組の集合写真で手を止めてユキコの顔を見つめる。
ユキコの視線は卒業写真の右上に釘付けになっていた。
そこには撮影当時参加できなかった生徒の顔写真が四角く切り取られるようにして映っている。
その中の1人と白い服の少女の顔が一致した。
「なんでこの子が、カメラに映るの……」
写真の相手が誰なのかはわかった。
けれど、どうしてこのカメラに映り込むのか、あの洋館とはどんな関係があるのか全然検討もつかなかった。
だって、その少女は……。
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