第3話
気がつけばユキコの足はひかれるようにしてリサイクルショップへと入っていた。
ガラスのドアを開けて一歩中に入ると、右手のカウンターから「いらっしゃい」と、若い男性が顔をのぞかせた。
ブルーのエプロンを付けていて、右手には赤いマジックを持っている。
値札でも作っていたところだったんだろう。
ユキコは男性店員へ向けて軽く頭を下げて店内を歩き出した。
中は外観よりも広く感じられて、棚と棚の間を進んでいくと不思議と永遠に続く通路のように感じられた。
並べられている商品には規則性が無くて文房具の中にフィギュアが混ざっていたり、バッグや財布の中に歯ブラシが置かれていたりする。
それが楽しくて時間が経つのも忘れて商品に見入ってしまった。
しばらくしてスマホで時間を確認してみるとお店に入ってから1時間が経過していたので驚いた。
外は太陽が傾いてオレンジ色に染まってきている。
いけない。
早く帰らないと!
そう思って店から出ようとしたときだった。
右手が棚の上の商品にぶつかって危うく落としてしまいそうになったのだ。
床に落下する前に咄嗟に両手でそれをキャッチする。
ふぅー、セーフだ。
ほっとして手にしている商品を見つめつと、それはカメラだった。
それも随分昔のカメラで、撮影するとすぐに写真が出てきて映像が浮かび上がるものだった。
ポラロイドカメラと呼ばれるもので、実物を見たのは初めてだった。
「おや、お目が高いね。そのカメラは最近では出回らなくなって、普通には手に入らないものなんだよ」
いつの間にか男性店員が隣に立っていて、笑顔で解説してくれた。
「映画の中で見たことがあります」
ユキコはそう答えて手の中のポラロイドカメラをジッと見つめた。
重厚感のある見た目にずっしりと重たいそれはユキコの手にぴったりとフィットしているように見えた。
棚に戻そうとしたけれど、どうしても手放すことができなかった。
そうだ。
これを使って幽霊を撮影すればいいんだ。
そうすれば現像に出す手間も省けるし、雰囲気のある写真が撮れるかもしれない。
「これください」
気がつけばユキコは男性店員へ向けてそう言っていた。
「ありがとうございます。フィルムに限りがあるから、500円ね」
「はい」
ユキコは男性店員に500円玉を一枚渡して、お店を出たのだった。
☆☆☆
男性店員が言っていたとおりフィルムには限りがあるようで、セットで入っていたのは30枚だった。
追加でフィルムを購入することができないか通販サイトで確認してみたけれど、それらしいものを見つけることはできなかった。
もしかしたらこのカメラは随分と古いもので、もうフィルムの生産もしていないのかもしれない。
家に戻ったユキコは試しに自分の部屋の中の様子を写真に撮ってみることにした。
ピンク色の掛け布団のベッド。
小学校入学時に買ってもらった白色の勉強机。
ほとんどマンガばかりが並んだ本棚。
何枚か撮影してフィルムに映像が浮かんでくるのを待つ間、ワクワクした気分になった。
まるで当たり付きの駄菓子を購入したときのような気分だ。
そして浮かび上がってきた映像にユキコは「わぁ!」と、声をあげた。
スマホで撮影するのとは全然違う。
部屋は全体的に暗いイメージになり、ついさっき撮影したばかりなのに古くて味のある写真ができあがっているのだ。
こんなのスマホで撮影しようと思ったらフィルター機能を使わないといけない。
それが自然とできるなんてすごい!
同時にこれで幽霊の写真を撮影することができたら絶対に恐いはずだと確信を持った。
いい買い物をした!
ユキコは鼻歌を歌いながらカメラを大切に保管したのだった。
☆☆☆
それから次の休日まではあっという間だった。
学校に行けば毎日のようにユリと2人であの洋館についての噂話しをした。
先にきもだめしに行った男子生徒たちにも色々と話を聞いて、対策も立てた。
洋館はとても広いらしくて、1階を捜索するだけでも随分時間がかかったらしい。
だから洋館へ入ってからは早足できもだめしをしつつ、気になった場所を撮影することに決まった。
「おやすみなさぁい」
ユキコはあくびを噛み殺すふりをしつつ、リビングから出た。
そしていつもどおり2階の自分の部屋に向かう。
今日だけは1階の和室で寝ようかとも考えたけれど、それではすぐに両親にバレてしまうのでさすがにやめておいたのだ。
ベッドに入り電気を消して、布団を頭からかぶる。
そして布団の中でスマホを取り出してゲームを始めた。
下手をすれば眠ってしまいそうになるから、こうして時間までずっとゲームをしていることに決めていたのだ。
時刻は10時30分。
1階から両親が寝室へと移動していく音が聞こえてきた。
共働きの両親は朝が早いから、いつもこの時間にはベッドに入っているのだ。
しばらく寝室の方からぼそぼそと低い話声が聞こえてきていたけれど、10分ほどするとそれも聞こえなくなった。
両親の寝付きがいいことに感謝しつつ、そっとベッドから抜け出した。
予定していた通り、昼間の内にはしごと靴を部屋の中に準備していた。
はしごは防災用のロープになっているものなので、軽くて窓から下へ垂らすときにも音は気にならなかった。
ライトとスマホとポラロイドカメラが入った小ぶりなリュックを背負って、そっと窓から抜け出した。
地面に下りた時に枯れ葉を踏んで少しヒヤリとしたけれど、どうにか両親にはバレることなく家を出ることができた。
約束場所は中学校の近くのコンビニで、行ってみるとすでにユリは到着していた。
帽子を深くかぶって雑誌コーナーで立ち読みしていたユリに声をかけ、2人でコンビニを出る。
「あの店員さん、ずっとこっちを見てた」
早足にコンビニから遠ざかりながら、ユリが顔をしかめて言う。
未成年がこんな夜中に出歩いるのを見かけたら通報するように教えられているんだろう。
「きっと大丈夫だよ、それより早く洋館へ行こう」
捕まってきもだめしができなくなるなんてつまらない。
ユキコはユリの手を握りしめて走るようにして洋館へ急いだのだった。
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