第2話 シャッター
「校長室に飾ってあるモナリザの絵は夜毎微笑みかけてくるんだって!」
1年C組の教室泣いにユキコのはしゃいだ声が響いていた。
6月下旬、梅雨明け間近の教室内はまだジメジメしていて蒸し暑い。
しかしもうすぐ始まる本格的な夏に向けてユキコとユリの2人はこの恐怖中学校に伝わっている七不思議を話ていた。
「それ知ってる! だけど私が聞いたのは夜中に絵から抜け出してきて、ウサギや鯉を食べるっていう話しだよ。ほら、この中学校って昔は小動物を飼ってたでしょう? だからそういう噂が広まったんだって!」
ユリは2つに結んだ髪を揺らして熱弁する。
ユキコは自分の話題を横取りされた気分になり、ムッとしてユリを睨む。
「あ、ごめん、つい……」
「別にいいけど。あ、それじゃあ丘の上にある洋館の噂は知ってる?」
「ううん、知らない」
ユリが左右に首を振ったので、ユキコはニヤリと笑顔を浮かべた。
「学校の裏にある丘の上には洋館があって、そこには長い間誰も暮らしていないの」
「うん。それは知ってる」
ユリはユキコの話に頷きつつ、先を促す。
「そこには昔、ヨーロッパから移り住んできた5人家族が暮らしていたんだって。
だけど私達が生まれる前に流行った病気のせいで5人のうち4人が命を落としてしまったの」
ユリはユキコの話にゴクリと唾を飲み込む。
「残されたのはただ1人。5人家族の母親だった。当時その母親は50代前半だったんだけど、立て続けに家族が亡くなってしまって、見た目は70代くらいのおばあちゃんになってしまったんだって。
周りの人たちはそれを見てとても可哀想だと思ったらしいんだけれど、できることはほとんどなかった。母親は誰が訪ねてきても玄関のドアを開けずに家の中に閉じこもるようになってしまっていたから」
ユキコはそこで一旦言葉を切って呼吸を整えた。
目の前には興味津々で自分の話を聞いてくれているユリの姿があって、それだけで満足だった。
さっきみたいに噂話の途中で『私それ知ってる!』とか、話している人よりも噂について詳しい場合なんかは最悪だ。
もう話す気分ではなくなってしまうし、つまらなそうな顔をされてしまうから。
「それで、どうなったの?」
さっきまでとは全然違うユリの反応にユキコは満足して、頷いた。
「結局ね、その母親もしばらくして死んでしまったの。近所の人が訪ねて行っても返事がなくて、それが何週間も続いたものだから不審に感じて無理矢理玄関の鍵を開けて家の中に入ったんだって。そうしたら、母親は大きなリビングの真ん中で首を吊って死んでいて、床には家族全員分の写真が並べられていたんだって」
ユキコがすべてを話し終えると、ユリは大きく息を吐き出した。
こころなしか顔色も良くないし、両手で自分の体を抱きしめるようにしてさすっている。
「それから、あの洋館には母親の幽霊が出るようになったらしいよ。自分ももうすでに死んでいるのに、まだあの洋館で家族を探し続けているんだって」
「それ、少しだけ悲しい話だね」
「そうだね」
ユキコは頷いた。
ユキコもこの話を聞いたときは、母親が可愛そうだと感じた。
最も、ユキコに話をきかせてくれた子も他の誰かから話を聞いてきたから、噂の出どころがどこなのか、噂が本当なのかどうかはわらないままだ。
「そういう噂があるから男子たちはよく洋館にきもだめしに行くんだね」
途端に現実に引き戻されるようなことをユリが呟く。
ユキコは笑って「そうかもね」と、頷いた。
この恐怖中学校に通っている生徒の中で、あの洋館がお化け屋敷だと知らない子はきっといない。
噂の内容は脚色されて変わってきているみたいだけれど、先輩たちの時代からずっと受け継がれてきた噂話だ。
そのため恐いもの好きな男子たちがきもだめしとしてあの洋館へ向かうことも少なくなかった。
中には女子だって平気で洋館へ行く子もいるらしい。
「ねぇ、それなら私達も行ってみない?」
さっきまで両腕をさすっていたユリがそんなことを言い出した。
ユキコは驚いてユリの目をマジマジと見つめる。
「行くって、洋館に?」
「うん。次の休みの日の夜とかどう?」
ユリの目は好奇心で輝いていて嘘をついているようには見えなかった。
ユキコはゴクリと唾を飲み込んだ。
「夜って何時くらい? 家から出られるの?」
「11時くらいならいい雰囲気なんじゃないかな? ライトも持ってさ」
夜の11時にあの洋館に入る。
考えただけで体に鳥肌が立った。
だけどユキコはそれをユリにさとられないように無理矢理笑顔を浮かべた。
「いいよ。きもだめしをしよう」
「やった。これで決まりね」
どうせなにも出て来たりはしない。
きもだめしから戻ってきた男子たちはこぞって幽霊を見たと言っているけれど、詳しく聞いても話せる子は誰もいないのだ。
つまり、男子たちは幽霊を見たと嘘をついているのだ。
「私達だけ幽霊が見えたらすごいよね」
目を輝かせてユリが言う。
私達だけ……。
その言葉にユキコの心臓がトクンッと跳ねた。
自分たちだけ本物の幽霊を見ることができたら、きっと学校中の噂になるだろう。
あっという間に人気者になれる未来が予想できた。
「それじゃ、幽霊の写真を撮らないとね」
「うん。スマホも忘れないように持って行こう」
こうして、2人は次の休みの日にライトとスマホを持って肝試しに行くことに決めたのだった。
中古ショップ
次の休みは肝試しか、楽しみだなぁ。
両親が寝た後でこっそり家を出るから気が付かれないようにしないと。
そうだ! 2階の部屋の窓から外へ出よう。
昼間の内に脚立と靴を部屋の中に隠しておけば、あとはこっそり抜け出すだけだ。
その日の帰り道ユキコは肝試しのことを考えてすでに楽しい気分になっていた。
男子たちでも幽霊を見ることはできていないのだ。
女子である私たちが幽霊の写真を撮影してきたなんて言えば、きっと大きな騒ぎになるだろう。
想像するだけで楽しくなってきてしまう。
鼻歌まじりに通学路を歩いてりると右手に見慣れぬお店が建っているのが視界に入った。
それは少し大きなプレハブ小屋のような見た目をしていて、入り口の前に中古ショップという手書き看板が立てられている。
あれ? こんなお店あったっけ?
毎日のようにこの道を歩いているけれど、昨日まではなかった気がする。
ユキコは足を止めてガラスの扉から店内へ視線を向けた。
それほど広くはない店内には棚が並べられていて、所狭しと商品が置かれている。
ここから見えるのはおもちゃやフィギュアが置かれている棚だった。
チラリと見えた値札はフィギュアが一体10円だった。
安い!
もしかしたらあのフィギュアは人気がなくてここまで安くなってしまったのかもしれない。
それにしても、破格だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます