1-7 非凡な犯行動機

 1週間後、僕はまたミス研の部室に来た。もちろん、彼女に呼び出されて。

 ただし三笠芙美でも麻生雅子でもなく、春月沙羅の名義。どうやら彼女は、僕と会う時にはそれを使うことにしたらしい。部屋に行くと例の〝白と紺のノースリーブシャツ2枚重ね、黒いスキニーパンツ〟の姿。ソバージュのヅラは被っていなかったが、服はもっとバリエーションがあってもいいのに。

「じゃ、これ読んでみてよ」

 ぶっきらぼうな物言いも春月沙羅モード。なのでここでは〝沙羅さん〟と呼ぶことにする。

 さて渡されたのはA4版の紙の束、20枚ほど。この前のと大筋は変わらないようだが、よりぎっちりと書き込まれていた。描写もなかなかのもの。

「事前にメールに添付して送ってくれはったら、読んできたのに。PDFとかで……」

「君が他の人に内容を漏らすかもしれないでしょ」

「そんなことはしませんよ。コンプラには気を付けます」

「とにかく読んで。ちょっと時間がかかるくらいはどうでもいいのよ」

 木曜の夕方で、例会日ではないので他に人が来ないからだろう。要するに例会日以外は彼女がこの部屋を独占的に使用しているようだ。推理小説を読んだり、書いたり、コスプレをしたりしてるのか。自分の部屋でやればいいという気もするけど。

 さて、小説を読む。謎が小規模なだけに、短いのは仕方ない。表現が簡潔なのは、ハードボイルドを目指したからか。ただ外国のハードボイルド小説同様、余計な修飾語がいっぱい並んでいる。春月沙羅が主役だとそうならざるを得ないのかなあ。

 あと、クイズ研の活動内容を想像して書いてるところがあるけど、大部分間違ってる。早押し機の押し方の練習なんかしない。本や新聞を読んでどんな問題を作ればいいかの会議なんてしない。先週テレビで放送されたクイズ番組の内容分析なんかしない。

 いったいどこからこんな歪んだ知識を得たのだろう。僕が直してあげた方がいいのだろうか。

「読み終わりましたけど、どうすればいいですか」

「内容について意見があれば聞かせて」

「感想じゃなくて意見ですか」

「どっちでもいいわよ」

「探偵役に推理クイーンなんか登場させんでも、普通にミス研の会員でええんやないですか。あるいは〝探偵部〟にするとか」

「考え直すわ。それから?」

「登場人物の会話をもっとこなれた感じにする方がええと思います。みんな学生でしょ。ハードボイルドみたいに、無理に気の利いたこと言わさんでも」

「考え直すわ。それから?」

「クイズ研の実態がちょっと」

 さっき感じたことを説明する。

「君がもっとちゃんと説明しないからよ」

「わからへんのやったら訊いてくださいよ。メールでもええですから」

「じゃあどういうことしてるのよ」

 普段の活動を説明する。沙羅さんはふてくされた感じで「クイズで遊んでるだけみたいじゃないの」。そのくせ、質問がどんどん来る。もしかしたらそれを一番知りたがっていたのではないか

「研究らしいことをしてるように思えないわ」

「クイズ問題を作ることが研究なんですよ。事実をどういう形でクイズにするか。問題文によって難度をどう調整するか。問題文で答えを一意に決定できるか。ミス研かて、トリックを思い付いたらストーリーにどう組み込むかとか、犯人を一人に限定できるかとか考えるんでしょ。一緒です」

「わかったわよ。変えるわよ。それから?」

「そんなもんですね」

 沙羅さんが眉根を寄せる。さて、機嫌を悪くするようなことを言っただろうか。

「……文章が硬いとか、説明っぽいとかは?」

「推理小説ならこんなもんとちゃいますか」

「伏線が回収されてないとか、ミスリードが足りないとかは?」

「そういうの優先させるとわざとらしくなりませんか」

「登場人物の行動が変とか、動機が不自然とか」

「動機は何となく平凡ですね。もっと奇抜なのにする方がいいですよ。例えば……実は犯人はクイズ研の会員で、その日、僕が主催する例会に参加したかったけど、実験の都合で来られなかった。しかし例会の前にたまたま文学部の前を通った時、僕を見かけ、早押し機が自転車に置き去りにされてるのを見つけた。これを隠してしまえば、その日の例会は延期になるはずと考えた。次週なら参加できるので……」

「何、それ。そんな人いるの。最低ね」

 はい、います。Rさんです。一昨日の例会で、本人に確認しました。全く、人騒がせな先輩もいたものだ。

 ちなみに量子科学研究リサーチセンターの略称は〝EUQSRC〟と、RCが余分に付いている。Rさんは院生になる前から共通性に気付いていたらしく、には好都合ということで持っていったらしい。

「まあこれはですけど、動機はもっと捻った方がいいですよ」

「考えてみるわ。ところでYくん」

 突然下の名前で呼ばれてびっくりした。ずっと「君」って言ってたのに。

「はい?」

「今後もあたしの小説を読んで感想を聞かせてくれると嬉しいんだけど」

 え、なんで僕がそんな役目を引き受けなならん? それに今回はおとなしめだったけど、今後要求がエスカレートする可能性もある。Eくんが「扱いづらい」と言ってたことだし、注意しないと。

「えーと、他の小説も春月沙羅さんですか。それともキャラが変わります?」

「それはもちろん、いろいろと」

 やっぱり。三笠芙美さんはまだいいけど、北白川美砂さんは苦手なんだよなあ。その他のキャラもあるだろうし、全部相手にするのは絶対疲れる。

「キャラはなるべく少ない方がいいです。できれば一人で」

「あ、そ……」

「それと、例えばクーデレのキャラっています? わりと好みなんです」

「クーデレ……」

 知らないわけではないと思うが、沙羅さんの表情がちょっと変わった。気弱そうで、演技をしてない感じ。もしかしてこれが素とか?

 それが急に冷たい光を宿した目に変わって、僕を斜めに睨む。おや、早くもクーデレの演技に入ったのだろうか。

「わかったわ。でも、それにはまず名前を考えないとね……」

 形だけやないんかい!

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