1-6 3人目の探偵
三限の講義に出ながらいろいろと考えてみたが、よくわからないのは芙美さんが〝どうやって〟早押し機を請け出したか。
そこらに放って置かれたわけではないはず。どこかの事務所に(おそらくは落とし物として)預けられていたのを返してもらったのに違いない。しかし、その落とし主であることをどうやって証明したか?
ただ、さらに考えると、僕が受け取る場合でも証明は難しい、ということに気が付いた。どこにも僕の名前が入っていないのだから。
とすると考えられるのは、落とし物の特徴を事務員さんにつらつらと述べて、それで合っていると判断されれば返してもらえる、ということだ。僕は芙美さんに早押し機の特徴説明した。彼女はそれを事務員さんに言ったので、返してもらえた……
三限が終わると、Jくんから電話がかかってきた。
『さっきゼミに出てて、助教から言われたんやけど、センターに早押し機と思われる物が届けられてるらしくて。でも来てみたら、もう落とし主に返したって言われたんやけど、何か知ってる?』
やれやれ、彼は僕のメッセージを読んでいないらしい。しかも〝センター〟という略称だけでは通じないのに気付いてない。しかしおそらくは北部構内にある理学部の研究施設のことだろう。芙美さんはそこへ行った、ということになる。
「メッセージ読んで」
『え、入れてくれたんやったっけ。うわ、ほんまや、気付いてへんかった。そしたら取りに行ってくれたんやな』
「まあね。ほな、そういうことで」
取りに行ったのは僕じゃないけど、全部言う必要もないので放っておく。しかし電話を切ってから〝センター〟とはどこかを聞いてなかったことに気付いた。でも明日、芙美さんに聞けばいいだろう。先にネタばらしを聞いてしまったら申し訳ない。
翌日の四限が終わると、早速クラブボックスへ向かう。ドアをノックしたら、中でバタバタと足音がして、ドア越しに「誰?」という声が返ってきた。
「クイズ研の者です」
「ちょ、早すぎる! もうちょっと待ってて」
「お取り込み中ですか。出直してきましょうか?」
「10分だけでいいのよ! あ、中の様子を窺うのはナシね。したらシメるから」
なかなか物騒なことを言う。僕としては覗きの趣味はないが、疑われるのは嫌なので、ドアから少し離れた壁にもたれて待つ。暇なのでスマートフォンでニュースを読んで、時事問題のネタを探す。
あっという間に10分が経過し、ドアが開いたので、見ると長い黒髪の女性が顔を覗かせて廊下をきょろきょろ。それ、またヅラですよね? だって顔が芙美さんだし。
「入っていいです?」
「どうぞ、よろしくってよ」
またキャラが変わってる。Eくんが「扱いづらい」と言った理由がよくわかった。入ると、窓にはカーテンが引かれ、薄暗い。そして長机には燭台……風の照明器具が灯っている。どういうシチュエーションなんですか、これは。
そして芙美さんの服はというと、真っ赤なパーティードレスに赤いハイヒール。お嬢様のつもりですか。「どうぞお座りになって」と言われて座るのだが、長机や椅子は以前のままなので、豪邸に招かれたという感じは一切しない。
「本日はようこそおいでくださいました」
しかも丁寧な挨拶までされてしまった。こういう時はどうすればいいのか。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか」
「北白川美砂です」
あかん、元ネタがわからへん! めっちゃ悔しい。
いったい何やろ。北白川というのは京都の地名。京都大学の北側か東側の辺り。そこに何かある? それとも有名な推理小説の探偵のもじりだろうか。こういうお嬢様風のキャラってあったっけ。京都を舞台にしたミステリー作品は多いけど(特に山村美紗)京都弁をしゃべる人がほとんど出てこないというくらいしか知らない。かく言う僕も話し言葉は大阪弁だ。
いや、彼女のお遊びに付き合う必要はないのだった。「事件の真相について教えていただけますか」と問いかける。しかし彼女に釣られて丁寧な言葉遣いになってしまっていたのに気付いた。
「ではこちらをお読みくださいませ」
A4版の紙3枚を手渡された。1枚目を見ると冒頭に「早押し機消失事件・問題編」とある。ひょっとして〝問題作成〟に付き合わされているのだろうか?
ざっと読むと、クイズ研で早押し機がなくなった事情が書かれている。そこは詳しく話してないのだが、想像にしてはよく書けていると思う。特に会員どうしの会話。2枚目に行くと、ミステリー研に相談に行くところが、なぜか〝叡山大学の推理クイーン〟に依頼することに……
「もっとちゃんとお読みくださいな」
えー、そういうこと言います? 趣旨はわかったので、さっさと3枚目の「解答編」だけを読みたいんですけど。
しかし彼女の意に反してへそを曲げられても困るので、最初から読み直す。といっても僕は速読が得意なので、ざっと読むのとさほど変わらない。1枚20秒が1分程度になるくらい。それだけ時間をかけて2枚目に行くと、依頼と捜査になるのだが、探偵役はどうやら目の前にいる〝お嬢様〟のようだ。それがクイーンというのはおかしいなあ。プリンセスじゃないの? お嬢様の意外に活動的な捜査の後で、さて「解答編」は。
紙をめくったら、真ん中辺りに書いてある答えが見えてしまった。〝理学部量子科学研究センター〟。
「ええっ、どうしてそんなところにあるってわかったんですか?」
「あなた方のサークルの略称からですわ。EUQS。サークルかクラブであれば、最後がCなのです。"Society" のSとは気付かないのです。ですから届けた人は、Qをヒントにして考えたのでしょう。学内にQの付く学科または施設があるか……"Quantum Science" に思い至ったというわけですわ」
「なるほど、全く気付かなかった……」
……というのが解答編の中の探偵役と依頼者のやりとりなのだが、「"Society" のSとは気付かない」ものだろうか。ミステリー研究会は……おおっ、"Mystery Club" だった。なるほど。
しかし部活動がサークルかクラブっていうのは思い込みが激しすぎるのでは。研究会は確かに少数派だけど、学内に10や20はあるはず。例えば鉄道研究会……あれれ、Railway Research Club だった。Society は本当に激レアなのか。というかQが "Quiz" に結びつかないのもデフォルトなのね。Qで始まる単語を調べるのに、クロスワードパズル用の辞書を使った? へえ、そんなのがあるの。
とりあえず解答編も最初から読み直す。探偵役は一人で量子科学研究センターへは行かず、依頼者と一緒に行っていた。そこで先ほどのシーンである。さらに誰が早押し機を持ってきたかを事務員に尋ねる。「理学部に知り合いがいる文学部の女子学生」だったらしい。量子科学研究センターに憧れの先輩がいて、その人とどうしてもお近付きになりたかったから……というのが盗んだ動機だと。本当に? 芙美さんが引き取った時に実際に聞いたのだろうか。違うと思うなあ。
まあ動機はともかく、場所を正しく推理したのは素晴らしい。読み終えてから顔を上げ、芙美さんに「お見事でした」と賞賛の言葉を述べる。
「褒めてもらうほどのことではありませんわ。ほんの初歩的な推理ですのよ」
「それはともかく、何かお礼をしたいと思うんですけど」
「それをミス研の他の会員に見せる許可をいただければ」
「ああ、やっぱり〝問題作成〟で使うんですか。いいですよ。クイズ研とは書いてますけど、名前は全部偽名になってますし」
ただし僕は〝Yちゃん〟の他に〝N〟になっているところもある(名字が由来)。もちろんこの方がいいだろう。
「それからそれを小説として発表する許可もいただければ」
「発表って……ミステリーの雑誌か何かに?」
「さようです」
プロの作家なの? まさか。
「でもこれじゃ小説になってませんよ」
「もちろんその際には適切に書き直します。それもミス研内で評価してから」
「推理として成り立ってるか、ってことですか。わかりました」
「それと、小説に仕立てたらあなたに読んでいただきますから」
「え、なんでです?」
「とにかく読んでいただきますから」
連絡のために、と電話番号を交換させられた。部外者の評価が欲しいということだろうか。確かにミステリー研究会出身の作家が書く文章は、癖があったりする。主に外国のミステリーの文体に影響されているかのような。あれが苦手という人もいるだろう。
「今回はありがとうございました……あの、一点だけ感想を」
「何ですかしら?」
「探偵役は春月沙羅さんの方がいいと思いますよ。名前はともかく、キャラとしては。絶対動かしやすいですって」
「そ……そうですかしら。参考にいたしますわ」
もう一度礼を言ってから、部屋を出た。クイズ研も、ここに部室が欲しい。そうすれば早押し機を置きっぱなしにできて、紛失することもないというものだ。
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