1-2 内部検討
力なく自転車を漕いで教養部へ。見つからなかったことを、スマートフォンのグループメッセージでみんなに報告した方がいいのだろうが、どうせ後で詳しく言わないといけないだろうから、と考えて、何もしなかった。自転車を停めて教室へ。20人ばかり集まっていたが、入ってきた僕の顔を見て、気付いただろう。「ごめんなさい、ありませんでした」と報告。Mくんが「今日のは延期ね」と言うと、すぐにみんな帰り始めた。
「後から来ようとしてる人もおるやろから、メッセージ飛ばしといて」
「わかった」
Mくんの指示に従い、グループメッセージを送信。
「さて、どういう状況やったん」と訊いてくるので、文学部に行ってやったことを話す。他にAさんとKくんとFくん(3回生、経済学部経済経営学科)が残っていた。Fくんはなぜいるのだろう。会計係だからか。それともただの野次馬か。
「そうするとやっぱり盗られたんかな。いったい誰やろ」
「まあまあ、そう決めつける前に、どういうことが考えられるか、いろいろ挙げてみようやないか」
Aさんはなぜかこの場を仕切りたがっているようだ。この中では最年長だし頭が一番いいので、頼りにはなりそう。
「まず一つは盗難な。盗んだ奴は、早押し機が欲しいから持っていったんやろ。そやけど、早押し機が欲しいって、どういう奴や?」
「テレビでクイズ番組見て、早押し機が欲しくなって、たまたま見つけたので持っていった」
Kくんが言う。そんな偶然あるわけないとは思うが、ひとまず可能性を列挙するところから、でいいか。
「一人で早押し機で遊ぶんか」
「同じこと考えてた友達がおる奴かもしれませんよ」
「まあええわ。他に……」
「売れそうやと思った」
Fくんの意見。さすが経済学部。
「どれくらいの価値があるんか、見てわかるもんかな?」
「めっちゃお金に困ってた奴かもしれません。千円にでもなればええと思ったとか」
「この辺やったらどこへ売りに行くんやろ。大阪やったら日本橋やけど」
「四条
「あそこの電器屋もだいぶ閉まったんちゃうんかなあ。まあ日本橋も同じで、裏通りに行ったらアニメグッズ屋とメイド喫茶だらけになってたけど」
「行くんですか、そんなところ」
「一応まだ普通の電器屋もあるねん。それはともかく、他には」
「身代金要求」
僕が考えていたことを、Mくんが言った。
「要求先は誰のところやろ」
「クイズ研の物やと知ってて、後日接触してくるかもしれませんよ」
「ここで待ってたら来るかな?」
「かもしれません。4月に貼った勧誘ビラにはホームページのURLが書いてありますけど、そこを見たら今日はどこで活動してるかとかわかりますし」
「身代金の受け渡しが難しいから、営利目的誘拐は最近流行らへんらしいで」
「1万円とかやったら銀行振り込みでできますやん」
「振込先の口座名で犯人わかってまうやないか。どうせ個人口座のはずやし」
「それはそうですね」
「他に?」
Aさんが僕の顔を見る。意見を出してないのは君だけやで、って? しかたない、頭を捻ってみる。
「早押し機やなくて、何か他の物と勘違いして持っていったとか……」
「家に帰って『なんや、違うわ』って気付いて、後で元の場所に返しに来る?」
「そういうこともあるかもしれません」
「それやったら明日まで待ってたらええな。Mが言うたのも待つしかないか。四条寺町へ確認に行くのはFの役割ということで」
「そんな殺生な」
「明日、Yちゃんと一緒に行ったらええわ。どうせそんなすぐに売れへん。盗難はこんなもんか。他に考えられるのは、撤去かな。ゴミやと思って、捨ててしもうた」
「そんな、他人の物を勝手に」
僕はつい反論してしまった。
「あるいは危険物に見えたんかもしれん。爆発物。コードと箱やから、勘違いするかもな。近くの交番に持っていったとか」
「Aさんが確認に行ってくれます?」
「後で一緒に行こか。君、管理責任者やろ、今日の時点での」
「うはあ、わかりました」
「危険物やなくて、粗大ゴミやと思ったら、文学部の人が一時保管してくれてるかもしれへんな。事務室には、落とし物とだけ訊いたんやろ?」
「あ、はい、形とかは何も説明してなくて」
落とし物、と尋ねて、すぐに「ない」と返ってきたので、詳細は言わなかった。言っておけばよかっただろうか。
「訊くにしても、もう5時過ぎてしもうたから、明日やな。他には……」
「撤去で?」
「それ以外でも」
「そしたら例えば、自分の物と勘違いして持っていった」
「あれを自分の物と間違えるのは、頭が相当ボケとるな」
「でも、いてますやん。ゴミ屋敷の人って、使えると思って持って帰る場合の他に、『落ちてる物は自分の物』と思ってしまう場合があるらしいですよ」
「なるほど、『要らんのやったらもらうわ』って、返事も聞かずに持っていく人もおるわな」
「やっぱり校内でも、ほんの短い時間でも、目を離すのがあかんのや」
Kくんが再び責めてくる。僕はぐうの音も出ない。僕だって、自分の鞄なら前カゴに置いていったりしないし。
「念のために訊くけど、文学部へ寄った時に、建物の中に持って入って、事務室で用事を済ました後で忘れてきた、っていうことはないよな?」
Aさんの確認。僕に向けられたKくんの矛先を変えようというのか。
「ない……と思います。持って入らへんかったはずです。それに、もし事務室前で忘れてきたら落とし物として……」
「いや、文学部の学生が、どっかへ持っていたかもしれんやろ。盗んだか、撤去しようとしたかはわからんけど」
「例えば、お前がクイズ研やと知ってる人が、お前の忘れ物やと思って、保管してくれてるのかもしれん」
Fくんが言う。クイズというのは文系的な趣味のように思えるのだが、このクイズ研で文学部所属は3回生では僕一人で、4回生はおらず、1、2回生は文学部の建物に出入りしない。そうすると数はかなり限られてくる。
「めぼしい知り合いに訊いてみた方がええかな」
「当然やるべきやな」
Mくんが腕を組みながら言った。なぜか偉そうだ。
「他に何かないかな。どれもピンと
Aさんまでが腕を組みながら言う。ただし偉そうではなく、考えているという感じがする。いかにも頭がよさそうな風貌のせいかもしれない。ちゃらんぽらんに見えるMくんとはちょっと違う。
「みんなを呼び返して相談してみますか」
「呼び返さんでも、メッセージで意見出させたらええねん」
「さっきまで考えてたことをまとめて書いとかんと、同じような意見ばっかりになるで」
「意見出す気があったら帰らんと残ってるやろ。みんな
みんなが口々に言う。僕だけ意見を出していない。当事者なのに。しかしとりあえずメッセージは送る。ついでに受け取っていたメッセージも読む。先輩のRさん(修士1回生、理学部量子物理学科)から『よっしゃ、来週やったら行けるわ』。延期になって嬉しいんかい! まあRさんはAさん同様、僕の主催回を楽しみにしてくれてる一人だけど。
「ミステリー研にでも頼んでみます?」
Fくんが言った。他人事どころか、
「ミステリー研ってうちの学校にあったんや」
「あるどころか、クイズ研より歴史が古いで」
「〝叡大のホームズ〟みたいなのがおるんか?」
「さあ、それは知らんけど」
「頼むいうても、どうやって渡りつけるんや。誰か知り合いおるんか」
「クラブボックスに行ってみたら?」
我がサークルと違って、部室を持っているらしい。教養部の敷地内ではなく、道路を挟んで西側、西部構内と呼ばれるエリアにある。正式名称〝課外活動棟〟。同じ構内には他に体育館とプール、生協の建物がある。
「今日、活動してんのか?」
「ホームページないんか」
Aさんが僕を見る。依頼に行くとしたら君やろ、という意味だろう。すぐにスマートフォンで調べてみた。あった。活動内容はすっ飛ばして、活動日を見る。毎週金曜、午後5時から、とある。今日は火曜。残念でした。
「SNS更新してるな、ついさっき」
自分のスマートフォンを見ながらAさんが呟く。周りを見ると、みんな自分のスマートフォンを眺めていた。誰か一人のを見ればいいのに。
それはともかく、ホームページ上にはSNSの〝埋め込み〟があり、今日のつい30分ほど前に書き込みがある。部の公式アカウントと思われるが、今日の個人の活動のようなことが書かれている。
「呟きの主がクラブボックスにおるんかもしれん。帰りにちょっと寄ってみたら」
「はあ。え、誰か付いてきてくれないんですか」
「俺は一人で交番に行くから、Yちゃんも一人で」
Aさんが殺生なことを言うが、相談の結果、Mくんと一緒に行くことになった。会長を連れて行けば公式な依頼という名目が立つ、という理由で。依頼料を要求されたらどうするのかと思ったが、「相手は謎を考えるのが好きな連中やから、ただでも喜んで聞いてくれるやろ」とMくんは気楽なものだ。
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