交際はタイミングが大事

 課長曰く。

 女は現実的になる。学生、特に中高生程度では運動ができる、勉強ができる、見た目がいい程度で評価する。しかし、大人になり現実が見えてくると。つまりは生きて行かねばならない、となれば。


「金稼げる男が一番」


 身も蓋もないな。


「学生なんて親のすね齧ってるから、お金を稼ぐことの大変さを知らないでしょ」


 社会に出ると嫌と言う程、実感させられる。そうなると容姿や運動ができるだの、勉強できました程度、何の価値も無い。

 実利が全て。金も無い男に何の魅力があるのか。生活して行く上で、金は絶対に必要。金さえあれば、少々の不満も耐えられるし、ストレスは金で発散できる。


「欲しい物を買うにも、遊びに行くにもお金は必要」


 資本主義社会である以上は、先立つ物は必須であり、それなくして資本主義は成り立たない。

 容姿に拘れるのは学生の内だけ。

 社会に出て容姿に拘って稼げない男と結婚して、どうやって幸せを掴むのかと。見てれば幸せなんてのは、真っ当に生活できてからの話。

 明日の食い扶持にも困る男に価値はあるのか、だそうで。


 酷い言い分だが、一理あるとは言えそうな。それだけじゃないとは思うが。


「残念だけど、日本の女性の多くは、男に財力を求めるの」


 金があって、その上で容姿やら性格云々言えるようになる。

 そうなると疑問が。


「じゃあ、長峰は俺が稼げるってだけで、魅力を感じたんですか?」

「違うからね。彼女、男性の好みが少し変わってるでしょ」


 手の掛かる面倒臭い男を好む傾向が強い。まずそこで関心を持ち、次いで有望株となれば惹かれて当然だと。

 課長も俺が手の掛かる面倒臭い男って認識なのか。

 聞けば「そうだ」と答えるし。理由もご丁寧に開示してくれるし。


「女性を無視して接しようとしないでしょ。過去に引き摺られてると思うけど」


 面倒臭い男の筆頭じゃないかと。

 どうでもいい理由を付けて、避けて避けて避け捲って、挙句、仕事に影響まで生じて。このままいけば、辞職してもらわざるを得ない。実に手が掛かり面倒臭いと。

 そんな男を好む女性も居るのだから、良縁だと思ってしっかり繋ぎ止めろ、だそうだ。


「逃したら次は現れないからね」


 なんか、妹にも似たようなことを言われた気がする。蓼食う虫も居る。必ず良縁があるとか逃すなとか。


「まずは付き合ってみなさい」


 もうひとつ懸念することがあるんだが、これは言えないよなあ。

 真帆の存在だ。これがネックになってる。真帆が居なければ何も考えずに、一度は付き合ってみて、相性が良ければとかあったんだろう。だが、そうはいかない。真帆を受け入れられないなら、付き合えるわけも無いし。

 捨てられるわけが無いのだから。


「まだなんかあるのね?」

「いえ。そっちは自力で解決します」

「この際だから言ってみなさい」

「いえ、これは自分で解決します」


 言えるかっての。目の前で吐かれでもしたら目も当てられない。背筋が凍る程に気持ち悪い奴、なんて認識はいい加減腹いっぱいなんだよ。

 間違いなく変態の烙印を押される。


「ところで、女性は無視するのに、私と話せるのはなぜ?」

「ああ、それはですね、課長は女として見てないので」

「ぶっ飛ばすよ。まあでも、女捨てないと昇進できないのも事実」


 日本の企業は未だに女性の昇進は厳しい。あれこれ理由を付けて女性の進出を阻む。恋愛や結婚なんて捨てざるを得ない。

 女をやめてやっと男と対等。欧米ならもっと楽だっただろうと。


「さすがはジェンダー後進国。もうね、諦めて自分がトップに立つしか無いから」


 それまでは女であることを出さず意識せず、ひたすら突っ走るそうだ。

 なんかそれはそれで、寂しくないのかと思う。


「男、要らないんですか?」

「要らない、って言うか、かまけてる暇ないから」

「俺と変わらんじゃないですか」

「全然違うからね。君は逃げてるだけ。私はせざるを得ないの」


 意外にも課長は接しやすく気さくで、気負わず会話ができる相手だった。

 何となく、言わんとすることは理解できたような。女に対して俺も同じように、気負わず気さくに話ができれば、男の俺は昇進しやすいのだろう。


「お手数お掛けしました。頑張ってみます」

「期待してるからね」


 課長との話が終わり、自分のデスクに戻り仕事に取り掛かるが、社内メールにメッセージが入ってるようだ。

 見ると長峰だし、私用で使うなっての。

 内容は「課長からお話が行ったと思います。申し訳ありませんでした」と。他には「良ければ仕事が終わったら、少しでいいのでお話ししたいです」と記載されていた。

 課長にも言われてるし、話だけは聞いてやるか。

 どうせ付き合っても、すぐに別れるだろうけどな。実に無意味なことだが、これも今後のための訓練と思えば。


 業務終了後、近くのカフェで長峰と話をすることに。

 俯きながら視線を俺に向け「迷惑だよね」と。もう話をすることも無いと思っていたらしい。それでも諦めきれず、課長に落ち込んでる理由を聞かれ、つい涙を流しながら話してしまったと。

 泣けば気になってしまい、詳細に理由を問うに決まってる。

 やっぱり面倒臭いじゃないか。


「あの、今後は無理に付き合わなくていいから」

「じゃあそうする」

「あ、うん」


 ぼろぼろと涙が溢れ出て「おかしいなぁ。なんで涙が出るんだろう」とか言ってるし。

 付き合わなくていいって言ったじゃないか。なのに泣くのかよ。

 どうしろと言うのか。じゃあ付き合おうと言えばいいのか?

 実に面倒だ。課長のようにサバサバしてれば、まだ話もしやすいってのに。

 ああそうか。一度は交際してみて、それで判断しろってことだったな。別れるのはいつでもできる。交際に至るのはタイミングがある。今がそのタイミングならば、まずは交際してみて互いを知り、その上で判断しろってことだし。


 ここで面倒だと言って排除したら、今までと一緒ってことか。

 今後、昇進してしっかり稼ぐためにも、女程度、自在に操ってこそだよな。


「冗談だ。付き合ってもいいぞ」


 涙を零し吃逆しゃっくりしながら俺を見てるが、鳩が豆鉄砲食らったような顔してんな。


「聞こえなかったか? 付き合っていいと言ったんだ」


 だからなんで泣く?

 顔面崩壊状態でくしゃくしゃ。涙もなんなら鼻水も流してるんじゃないかって。とにかく酷い面だ。

 まあ喜んでいるのだろうが「ほんとに、いいの?」と。


「いいから言ってる」


 泣きながらも涙だけじゃなく、笑みを零し「愛してもらえるように頑張るから」だそうだ。

 一応、俺なりに気を利かせハンカチを渡してみたが。手を出してきて「ありがとう」と言って受け取った。涙を拭い笑顔を見せてる。目が赤くなってるし、鼻の頭まで赤くなってるし。

 落ち着いたところで切り出してみた。


「俺の家に居る存在は知ってるよな」

「あ、うん」

「あれを捨てることはできない。それでも良ければ、の条件付きだ」

「全然いいよ」


 え、と。

 いいのかよ。


「あの、さ。まじでいいのか?」

「だって、捨てられないんだよね」

「まあそうだが」


 価格を言うべきか否か。


「因みに、五十万くらい掛かってる」

「値段じゃなくて、気持ちだよね?」

「え、まあ、そう、だな」

「だったら無理して捨てなくていいし、自分でもう大丈夫ってなったらでいい」


 時々、真帆に世話になるかも、と言っても「いいよ」としか言わない。

 なんて都合のいい女だ。


「気持ち悪いとか」

「思わないよ。だって、癒してもらってたんだよね」

「まあそうなんだが」

「誰でも大切なものってあるから」


 すっかり愛らしい笑顔を見せてくる。

 愛らしい? 俺が女を見てそう思うとは。いや、こいつだけは、少し、ほんの少しだけ可愛いと思ったんだった。

 それにしても、なんで俺だったのか。さっぱり分からん。

 散々嫌われてきた俺だぞ。その俺でいいってことは金稼げそうだからか?


「何で俺?」

「なんかいいなって」

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