結論はあっさり覆された
「付き合うべきか、断るべきか。重大な決断を迫られてるんだよ」
窓の外は曇りがちの日曜日の午前。
テーブルを挟んで、向かいに腰掛ける相手と相談中だ。まっすぐ俺を見据える相手は、否定も肯定もせず優しく微笑んでいる。
まあ、それも当然と言えば当然。真帆だし。
妹は絶対「付き合え」と言う。だが俺は迷っているんだよ。
あの女、つまりは長峰と付き合うと言うことは、俺の金と時間の多くを割くことになる。
それをするだけの価値はあるのか。
女なんて薄らこ汚く、凄まじく冷酷で血も涙も無いのが相場だ。
目の前に居る天使とは雲泥の差があるんだよ。
もうひとつ、問題がある。
業務上、女を相手にしないと俺の昇進は無い。それどころか危うい状況でもある。今後も女を相手にしないのであれば、辞職を余儀なくされるってことだ。
女課長にも釘を刺されてる。
路頭に迷いかねないし、転職も視野に入れても同じことだろう。独立してしまえば、と思ったが。
同じことだ。もし女とやり取りせねばならない、となれば、その時点で詰む。
「なあ、俺はどうしたらいい?」
仮に長峰と付き合うとなれば、真帆をどうするのかってことだし。
まさか捨てる?
あり得ない。
人間の女と引き換えるには、代償として大きすぎる。
俺と共にあり、ずっと癒し続けてくれた存在だ。女が男をゴミの如く捨てるのとは違う。大切だし愛情もあるし。
今は捨てるという選択肢以外に、里帰り、なんてのもあるにはある。
まあ買った業者に返すってことだが。使用感が無く綺麗な状態であれば、再販も可能らしいし。いや、真帆が他の男の手に渡るのは嫌だな。
生涯俺と共にあると誓ったのだから。
「真帆。君を受け入れてくれる、心の広い女、なんて都合のいい存在は居ないよな」
長峰だって俺と付き合うとなれば、真帆をどうにかしろと言うだろう。
生身の女が居て、どうして人形が必要なのかってな。こっちの気持ちなんて、結局どうでもいいんだよ。自分の快不快だけが基準なんだから。
女なんて面倒臭いだけじゃないか。自分の言い分だけを押し通し、男の言い分に耳を貸すことは無い。
自分勝手で他人を顧みることも無い。腐れた外道だ。論外なんだよ。
「まじで悩むが、条件付きでってのもあると思わないか?」
真帆はそのままに、女との関係を持つ。
それだけ大切な存在と理解するか否か。まあ無理だろうけどな。所詮は女だ。感情がそれを許さないとなれば、どう足掻いても無駄なのだから。
「考えるまでも無いじゃないか。最初から無理難題を吹っ掛けられてる」
女の性根の腐り具合を考えたら、真帆と同居なんて許すはずも無い。
人の大切にしているものを、平気で捨てるのが女だ。相手のことなんて考えるわけも無いからな。
最初から結論は出ているってことだろ。
長峰と付き合うことは無い。だが、会社の女の相手はする。
やりたくねえ。
絶対、嫌みを言う奴も出てくる。それどころか陰口も酷くなるだろう。陰でこそこそ罵詈雑言。その癖、仕事ってことで建前上は、笑顔を見せたりとか。
裏の顔が腐りきってるってのに、俺は愛想笑いをするってか?
ふざけるのも大概にして欲しい。
課長に言っておく必要があるな。
陰口を叩き裏で蔑むようであれば、とてもじゃないが、上手くやっていけないと。
当たり前のことだろ。人を蔑む奴ら相手と、どうして円滑な業務が遂行できる。
「とりあえず、方針は決まったよ。真帆」
俺は君を捨てないし一生大切にする。その障害となる相手は勿論不要だ。
方針が決まれば昼飯を食って、明日に備え精神を整える。
真帆と見つめ合い、愛を語らうことで、俺の精神の平穏が保たれるのだ。
あ、なんか、むずむず。
「真帆。その、あれだ、いいよな?」
やはり魅力に溢れるな。
翌日、普段通り出社するが、真っ先に課長の元へ向かう。これだって、本来なら口も利きたくない相手だ。女だからな。バリキャリで女捨ててるとは言っても、戸籍上の性別にしても肉体的にも女。完全に捨て去ってるならともかく。
他の社員に目もくれず一目散に課長の元へ向かうと、少し驚いた感じだな。
「ど、どうしたの? 朝から鬼気迫る感じだけど」
よし、言うぞ。
「俺から条件を」
「条件って?」
「ひとつ、長峰とは付き合えません。もうひとつ。昇進のための条件は飲みます」
眉間に指を当てぐりぐり。暫し沈黙の後に深いため息をひとつ。
「昇進のための条件って、女性社員と向き合うってことね?」
「そうです」
「長峰さんとは付き合えない?」
「無理です」
俺を見据えると、俯いて再びため息を吐く課長だが。
「まあ、付き合う付き合わないは、個人の自由だから社としては、口出すべきものじゃないけど」
不満がありそうだな。まあ分かるけど。
落ち込み業務に支障の出てる長峰に、同情して付き合ってやれ、と言ったわけだし。それでも男女の件に関して、いちいち口を挟むことはできない。
あくまでプライベートの話だからな。
顔を上げると真剣な表情になってる。
「ここじゃあれだから、場所を移します」
椅子から立ち上がりデスクから離れると「B会議室に」と言われ、先導する課長のあとに付いていく。
パーテーションで区切っただけの、簡易な会議室だ。真ん中に六人掛けの事務デスク。そこに六脚の折り畳み椅子があるだけ。他にはホワイトボードがある。
「座って」
「はい」
互いに向き合って腰掛けると、居住まいを正し「女性社員と向き合うならば、社としては問題は無いけど」と。長峰と付き合えって言いたいんだろう。
だから個室に案内されたわけで。事務所内で話す内容じゃないし。
ああそうだ。釘を刺さねば。
「課長、もうひとつあるんですが」
「何?」
「女社員ですが、陰口を禁止してください」
「はい?」
俺が接すれば確実に裏で罵詈雑言の嵐になる。知らぬは本人ばかりってのは、無性に腹も立つし愛想笑いをしたくない。
女は必ず陰口を叩き人を貶める。そこに快楽でも見出しているのでは、と思えるほどに。
「だから、絶対禁止で。もし言った場合は懲戒処分を」
呆れてるようだが、俺だぞ。絶対、裏で気色悪い奴とか、死ねばいいのにとか、好き放題言い捲られる。
「そんなリスクがあるんです」
「あのねえ」
信じて無いのか?
やっぱり課長も女だ。同性を庇ってしまうのだろう。結局、俺の言い分なんて通らないのか。
「君、自己評価低すぎ」
「は?」
課長曰く、女性社員の間でも有望株のひとり、と見られていると。会話が無く無視されていることで接点を持てないが、狙ってる女性はそこそこ居るとか。
あり得ん。散々Gの如く嫌われてきた俺だぞ。
「社会ではね、実績が全て。見てくれとか過去じゃないの」
前も言ったはずだと。学生が毛嫌いしても、それは表面しか見てないから。所詮学生なんてバカなのだから、中身まで見る目を養えていない。
しかし社会経験を積むことで、中身を見る目も養えてくる。仕事ができる人ほど中身を重視するようになる。見た目なんてのは些細な問題。
「だから陰口が一切無いとは言わないけど、君に関して悪く言う人は、殆ど居ないから」
安心しろと。
その上で長峰とも付き合えと言ってる。
「何を心配してるのか知らないけど、彼女なら大丈夫」
俺の全てを受け入れる覚悟はあるはずだからと。
今どき、あんないい子は他を探しても居ないとまで。
「社内の女性の誰と比較しても、あの子の良さには届かないから」
勿論、自分も含めてだそうだ。まあ、バリキャリ課長に男は不要だろうけどな。
「今日、ちゃんと声を掛けてあげなさい。待ってるから」
悲しませないで喜ばせてみろと。
いい笑顔を見せて尽くすはずだからとも。俺の不安を払しょくし、生涯共に歩んでくれる相手だと言ってる。
なんでそんなことが分かるのか聞くと。
「同性ならでは、ってこと」
人を見る目は養われてる、そう自慢気に語る課長だった。
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