妹が来て進捗状況の確認

 正直、今のままじゃ先が見えてるのは分かっていた。

 女を相手にせずに仕事は熟せない。無視し続けていれば、いずれは職を失うわけで。どこか他の会社に転職しても、同じことになる。

 仕事とプライベートは分ける。まあ当たり前のことではあるな。言われて当然だし。


 帰りの電車内でひとり考えるが、ここまで来てしまうと、一歩踏み出すしかない。

 だからと言って長峰と付き合うかどうかは別だ。そこは慎重さが求められる。

 痛い目に遭うのは俺。これまでもこれからも。


 因みに、俺が懸念していた「俺と一緒に長峰もハブられる」ってのは杞憂だと。

 長峰を応援する女性社員は多いとかで。嘘みたいな話だな。見てると可哀想になってくるらしい。同情って奴か。自分が付き合うわけじゃないからだな。もし、同情してる側が俺と付き合う、となれば即座に「死ね」と言うだろう。

 その辺、他人事ってのがよく分かる。不幸になろうが何だろうが、他人のことだからな、お構いなしに背中を押す。無責任なんだよ。


 家に帰りスマホを見ると妹からメッセージが入ってる。どうやら現状確認をしたいらしい。鼻が利くのか臭いを嗅ぎつけるようだ。犬かよ。

 もし何ら進捗が見られないのであれば「エロ人形と同棲中」と親に言う、と脅し文句付きだし。エロ人形じゃないっての。真帆って名前を付けてるんだから。

 明日にも来るのか。

 

 すでに妹には認知されている真帆だ。仕舞う必要は無いから、椅子に腰掛けさせておこう。

 それにしても、あいつもよく俺の家に来るよな。

 放っておけばいいのに。俺が野たれ死のうが元気だろうが、妹には何ら影響は無いはずだが。

 あれか、親が煩いのかもしれん。俺は親に連絡ひとつ入れないからな。向こうから連絡来ても適当だから、妹に生活ぶりを見てもらいたいんだろう。


 翌日、午前十時頃に来た。

 ドアホンが鳴りドアを開けると、ずけずけと家に上がり込む妹だ。そして真帆に一瞥くれると、さっさと椅子に腰掛け「彼女できた?」とか聞いて来る。


「お前こそ彼氏できたのか?」

「まだだけど、今は探して無いし」

「じゃあ俺もだ」

「兄さんは、放っておくと、そこのエロ人形に嵌まるでしょ」


 健全じゃないから人間の女性を相手にしろ、と言って聞かない。


「エロ人形の件、親に言うけど」

「だから、それはやめろ。卒倒するぞ」

「だったら、彼女のひとりくらい、とっとと作ればいい」


 さっさと椅子を占拠し今回は、自分で飲み物を買って来たようで「兄さんも飲む?」とか言ってるよ。フレーバー炭酸って奴だろ? 味しないから要らねえんだが。

 俺はコーヒーを飲むから要らない、と言っておいた。

 椅子が二脚しか無いから結局、真帆をベッドに寝かせることに。


「大事そうに扱うね」

「当然だ。俺の嫁だからな」

「不健全」

「違う。人間の女こそ不健全極まりない」


 ため息を吐きながら「どうして、こんなに気色悪くなったのかなあ」とか、余計なお世話だ。元より高校時代にキショいと言われてる。まだ真帆も居ない頃だってのに。

 普通に生きていて「キショい」だの「あたおか」と言われてみろ。女に幻滅し苛立ちしか生まれないっての。


「ねえ、感触の違い、分かった?」

「相手居ないぞ」

「会社に居ないの? ベッドに兄さん以外の髪あったけど」

「え?」


 ベッドに真帆を移動した際に髪が枕に付着していて、真帆のとも俺のとも違うと気付いたそうだ。

 もしかして長峰の抜け毛ってことか? 一緒にベッドで寝たから、あいつの毛が落ちていたと。気付けなかった。まあ掃除しないし、万年床がベッドになっただけだし。


「あれって、女性の髪の毛だよね」


 どういうことかなあ、っていやらしい笑みを浮かべて、追及してきやがった。


「別に彼女が居るなら、それで正常になるんだし、いいことじゃん」

「違う」

「何が? だってベッドに落ちてたってことはさ」


 童貞も卒業できたのか、と問われるも、それは無い。


「まだなんだ。まずは経験してみなよ、人形じゃ満足できなくなるから」


 へらへらと笑いながら「口でもしてもらえばいいし、舌使いは人形じゃ得られないよ」とか、こいつ、エロトーク好きなんだな。根っからのスケベって奴だ。


「あとね、兄さんに惚れてるなら、きっといい人だから」


 口汚く罵る相手と違い、ちゃんと内面を見てくれるだろうって。そんな人は貴重だから手放すなとも。

 見てもいないのに、なんで分かるのか。

 課長も似たようなことを言っていたが。


「これで感触の違いも分かるね」


 誘えば喜んで抱かせてくれるよ、とか言ってるし。こいつ、まじでエロい奴だな。こいつの彼氏って、性欲の餌食になって干からびてるんじゃ? 結果的に、無理と言われて逃げだされたとか。


「ってことか?」

「違うからね。兄さんがいつまでも童貞患ってるから、仕方なく下ネタに付き合ってるだけ」

「その割には楽しそうだな」

「別に行為そのものは嫌いじゃないし」


 やっぱスキモノ。

 まあいい。最悪の結果に至らなさそうだし。妹の感触と比較、なんてなったら、目も当てられなかったし。


「兄さん。あたしで試すのは無しだからね」

「やらねえっての。気色悪い」

「あ、言ったな。そんなこと言うと試させるよ?」

「アホか。身内は要らねえってことだ」


 安心したとか言ってる。まさかの妹で試されたら、親に顔向けできないって、そりゃそうだ。


「じゃあ、連れ込んだ彼女さんとだね」

「まだ決まったわけじゃない」

「何が? 家に連れ込んでも付き合って無いの?」

「そこはあれだ、いろいろ事情があってだな」


 アホかと一喝。

 さっさと付き合ってしまえば、そこのエロ人形と決別できる、じゃねえ。決別する気は無いんだよ。女より真帆の方が断然いいんだからな。女は駄目だ。汚らわしい。


「汚らわしいとか思った?」

「何で分かる」

「目が物語ってた。でも違うよ」


 確かに汚い女も居るのは事実だけど、何も無い俺に惚れた女が汚らわしいわけがないと。特別なステータスがあったり、金持ちだったりなら別だけど、俺には何も無い。挙句、エロ人形にド嵌まりしてる変態。それでもいいと言ってくれる相手。


「凄く貴重じゃん」


 偏見も無いのだから素の俺を受け入れてると。


「だったら問題無いよね」


 家に来ていながら手も出さない俺に、愛想を尽かさないのも貴重だとか。

 大切にできる相手じゃないかと。そして大切にしてくれるだろうって。


「何にしても、兄さんに相手ができて安心したよ」

「まだだっての」

「でも好かれてるんでしょ? 家に来てるくらいだし」


 それはあれだ、気の迷い。

 とはいえ、何度も抱いていいとは言われた。好きにしていいとも。裸も見せられてるし。真帆とは違う肌の感じは、触れてみたいと思ったり。だが、本気で惚れられてるってのか? あり得ないんだがな。

 課長も背中を押してるし。アホかって話だが。


「そのエロ人形、受け入れてるんだよね?」

「特に気にした感じは無かったと思う」

「じゃあ二股もオッケー?」

「二股って言うのか?」


 自分で分かってるじゃんとか言ってる。つまり嫉妬の対象にすらならないのが、エロ人形だとか。感情も無ければ動きもしない。嫉妬しても逆に虚しさを感じるだろうって。

 エロ人形言うなっての。真帆って名前を言え。くそ、こいつ。


「親には彼女できたって報告しておくから」

「余計なことすんな」

「会わせろって言うと思うよ」

「だから、まだだっての」


 幾らなんでも気が早過ぎる。まだ付き合うと決めたわけじゃない。

 女だぞ? いつでもどこでもそこでも裏切る。それも平気で。血の通わないのが女ならば、俺なんぞ速攻で人格否定されて終わる。


「良かった良かった。これで正常な恋愛できるし」


 幾ら否定しても無駄なようだ。すでに、こいつの頭の中では付き合ってることになってる。


「じゃあ、帰るから」


 彼女さんを大切にしなよ、と言って家をあとにした。

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