上司からの説教を食らう
今日は手前の駅で下車してくれた。
降りる際に「無視しないで普通に接して欲しい」と言われるが、少しでも許せば際限なくなるだろ。そうなったら面倒臭いなんてもんじゃない。
他の女どもは、長峰が俺と会話するのを許すのか? 下手すれば「あんなのと話するなんて、長峰もあれと同類なんだ」とか「実はキモい奴の仲間なんだ」となり「今日から近寄らないで」だの「あいつと一緒にこの世から消えて」ってなりそうだ。
女は冷酷無比だし、慈悲の心も持ち合わせてないからな。敵と認定したら容赦がない。
俺と付き合うってことは、そんなリスクも背負うんだがな。
家に帰ると真帆に「ただいま」と言い、キスをして気持ちを癒す。
常に笑顔で迎えてくれる存在は、俺にとっての癒しになるからな。動くとか動かない、話すとか話さないじゃない。女と話をしても楽しく無いんだよ。迷惑でしか無いし。なんか言うと、どうせすぐ気分を損ねて、烈火の如く怒り狂うし。感情の生き物とはよく言ったものだ。
だが、真帆は違うからな。
心のオアシスであり、生涯の伴侶足り得るわけで。
人間の女は駄目だ。
晩飯を済ませ普段と同じく過ごし、寝る時間になると真帆を抱え、ベッドに寝かせ、その隣に俺が寝る。
つい乳を揉んでみたり。
柔らかいからな。生身とは違う、と言われたが、俺にはこれで充分だ。いや、真帆だからそれでいい。違うからなんだと言うのか。一切文句言わないぞ。だからと言って雑に扱う気は無い。そこはデリケートな存在だからな。
大切に扱ってこそであり、俺にとって最良のパートナーだ。
こうして数日経過し、職場では長峰を無視し続け、その度に泣き顔を見せてきやがる。
もう、こうなると嫌味だな。
ついには、職場の他の女から声が掛かった。勿論、シカトしたが女上司から社内メールで「仕事が終わったらカフェに来て」と。当然それも無視するのだが「業務命令だから必ず来ること」とか。ふざけやがって。業務時間外なら時間外手当は出るんだろうな?
今どき、無賃労働は認められないぞ。
渋々待ち合わせ場所であるカフェに出向くと、女上司と長峰が居る。
嵌めやがって。
仕方なくテーブルまで出向くと「残業代は出すから」とか言ってるし。ならばこれも業務の一環として、話だけは聞いてやろう。
仏頂面をしてるのが分かったのか「こんなこと、すべきじゃないんだけど」と。
「さすがに見ていられなくて」
見ていると痛い程に気持ちが分かるから、何とかしてあげたいと思ったらしい。
「本来プライベートに立ち入らないのが原則」
ただ、現状、長峰の業務に支障が出ている状態だから、放置もできなくなったそうだ。その原因となった俺にまずは話を聞き、何かしら対処法が無いか、考えるつもりなのだとかで。
無言で俯く長峰だが、この上長に相談したのか? 俺より五歳上の課長だよな。仕事ができるバリキャリって奴で、色恋沙汰には疎そうだけどな。
「無理やり話を聞き出したけど、高野さんからの言い分も聞いておきたいから」
つまりは一方の言い分だけで判断しないってことか。その辺は早期に出世しただけのことはありそうだ。公平に物事を見るってことだし。
ここは正直に女は敵、なんて言うと面倒だから。
「職場恋愛はしない主義なので」
長峰から何を聞いたかは知らんが、職場恋愛なんて無い方がいいに決まってる。こうして揉める原因になってるんだからな。
なんか知らんが、俺の言葉を聞いて、深いため息吐いてる。
「聞いた話とかなり違う感じだけど、事実を言って」
これじゃあ通じないか。かと言って女は信用ならない、とか言うのもなあ。ああ、面倒臭い。だから嫌なんだよ。結局、女ってのは面倒事をもたらしてくる。
課長にしても所詮は女だ。女の肩を持つのも当然だろう。
「高野さん。あなたの業務レベルなら、もう主任になれるんだけど」
主任にできない理由がある。それは部下を任せられないから。男性社員とは口を利くが、女性社員はガン無視。偏りがあり過ぎて、これでは部下に指導できない。
見ていれば分かると。女性だけ居ないものとして扱ってる。
話もしないし昇格すれば、確実に業務に支障が生じる、となれば平社員のまま。しかし、それだと俺のレベルに見合わない業務になる。
「どうして?」
まあ疑問に思うよな。そこまで見ているのであれば。
どうしても無理、というのであれば已む無しだが、妥協できる範囲であれば妥協すべし、が上司の見解だそうだ。
「無理って言うのであれば、この会社に居る限りヒラだけど?」
そうなるよなあ。出世は望めない。想定通りだから別に気にもしないが。最悪は転職すればいい。いつまでもここに居る理由も無いし。
睨まれてる。さっきからずっと。
それでも無言で居ると課長が口を開く。
「長峰さんを嫌ってるわけじゃなく、女性社員を嫌ってる」
過去に何があったかは知らないし、それを聞き出すことはしない。ただ、無視するのはやめろと。
「業務とプライベートは分けてくれないと」
仕事をしに来ている以上は、女性社員だから無視、ではなくきちんと相手しろ。とかなり厳しめの口調で言われた。
プライベートに口出す気は無いが、それが業務にも影響する現状は、放置できない。このままなら最悪、この会社から去ってもらうしかないとも。
「それは避けたいから。優秀な社員を放り出したくない」
仕事上の評価はしている。態度さえ改めれば、すぐに主任へと昇格できるとかで。
その上で。
「少しは長峰さんのこと、見てあげて」
哀れ過ぎて見ていられないそうだ。全く相手にされず、それでも俺に対して好意を寄せ、もう挫けそうなのに頑張ってる。
何としても振り向いて欲しいってのが、傍から見ていても分かるのだからと。
「過去は過去。今はこうして好意を寄せてる」
先々のことは分からない。しかし、じゃあリスクを恐れて無視するのか。相手をしてみて気に入らなければ、その時はきっぱり別れればいい。まず向き合わないと、相手のことなど分からないだろうって。
真剣な表情で何やら説いているが、結局は男がリスクを負えってことだろ。
「色恋沙汰に口出す気は無かったけど、このまま放置もできないから」
試しに付き合ってみて、合わなければ別れればいいだけのこと、と言い切ってる。
「そこは、ドライでも構わないでしょ。無理に付き合い続ける必要は無いのだから」
互いに大人なのだから、適度に折り合い付ければ、案外上手く行くだろうとも。
何から何まで自分の思い通り、なんてのは無いのだから、一定程度の妥協も必要。世の中の夫婦の多くは妥協している。妥協できないほどのことがあれば、離婚するだけの話。
だからとりあえず付き合えと。
「長峰さんのことは私が保証してあげる」
愛らしくて性格が良くて、しっかり尽くしてくれるから、要求が多めでも問題無いとか言ってるし。
愛してあげさえすれば、必ず応えてくれるはずだとも。
それと長峰で女性に慣れたら、部内の女性社員とも会話しろと。別に無駄話をしろとは言わないし、そんなものは必要がない。業務上の最低限の会話、それだけでいいそうだ。
「それができたら明日にも昇進」
明日って、先に長峰の件があるじゃないか。
「明日は言い過ぎだけど、変化が見て取れたらね」
いい加減過去を引きずるなと。
所詮、過去は過去。過ぎたことで悩んでも仕方ない。ましてや学生なんてのは、幾ら成績が良くても基本はバカだと。
狭い世界しか知らないのだから、見た目だけで他人を評価しやすい。
でも社会に出れば見た目だけじゃ通じない。中身が伴ってこそ。
「後ろ向きに考えずに前を向きなさい」
中身をしっかり見て惚れてくれた相手を大切にしなさい、と言われた。
「可愛いじゃないの。長峰さん」
献身的に尽くしてくれるよ、だそうで。
言うことは言ったってことで、解散となった。
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