一方通行の愛は報われず
食後にコーヒーを出し、ダイニングテーブルを挟み暫しの会話。
真帆の腰掛ける席に今は長峰が腰掛けている。真帆はベッドに移動して貰っているわけで。申し訳ないなと思う気持ちがあったり、生身の女と比較してしまったり。
朝から刺激を受けたが、今は冷静になって。いや、見ていると思い出してしまうのだが。童貞って、こんな時でも裸体を思い返すんだな。余裕も無ければ経験も無いせいだな。
笑顔だ。窓の外を見て俺を見ると。
「天気、いいみたいだけど」
「あ、ああ、そうだな」
「外を一緒に歩いてみたりとか」
「え、まあ」
休日に二人で行動を共にすれば、互いの距離も縮まるのでは、と思うらしい。
家の中だけではなく外に出て、二人で共有する時間を設ければ、より深く知ることもできる、そう考えるようで。
まあ、有り体に言ってデートって奴なんだろう。
「旅行とかもいいよね」
「あ、まあ」
「温泉とか二人で入って」
きっと、こう言いたいんだろう。人形では経験できない、人だからこその経験。
一般的な人が当たり前にやってること。人形を連れ出しても反応は無いし、自ら動くことも無い。意思も感情もあって、自律行動を取れる人だからこそ、経験を共有できる。
一方通行なのが人形ならば、双方向が人なのだからって。
確かにそうなのだが、人は簡単に人を裏切るし傷付ける。不平不満も出れば喧嘩もするだろう。鬱憤が溜まり耐えきれない、となれば容易に縁を切ってしまう。
メリットを言われたところで、同時にデメリットも無数にあるわけで。
多くは適当に折り合いをつけて、付き合いをするのだろう。
妥協に妥協を重ねての付き合い。意味あるのか?
本当にそれが幸せだと思えるのか、俺には甚だ疑問でしかない。たぶんだが、メリットよりデメリットの方が多くなるだろう。だったらひとりでいい。むしろ真帆を愛していた方が、余計なストレスを抱えずに済む。
人付き合いってのはストレスと付き合うってことだ。
ましてや告白して手酷く断られた俺だからな。あんな仕打ちをする必要があるのかって。女の本性ってのは、残忍さしか無いんだよ。
優しくされても、それは表面上のことでしかない。好きだの愛してるだの言ったところで、どこまで本気なのかなんて分からないし。
間違いなく軽い気持ちしかないだろう。ならば、付き合う選択肢は無い。
「あんまり乗り気じゃなさそうだね」
「まだ長峰のことを知らないからな」
「あたしも知らないことの方が多いから」
だから二人で経験する必要があるんじゃないかって。付き合って行く中で知ることができる。遠目から見ていても相手のことなど分かるわけもない。
テーブルに身を乗り出し、真剣な眼差しで話をする長峰が居る。大きくは無いが、それなりのサイズだった胸を、テーブルに乗せてるし。つい視線が向くんだよ。
視線に気付きながらも、身振り手振りを交え「経験することに意義があると思うんだ」なんて言ってる。処女だもんな。そりゃ経験したいとか思うんだろう。俺は一生童貞でいい。真帆とは経験してるし。疑似、ではあってもな。
俺の反応が鈍いことで一旦話が途切れると、軽いため息を吐きながら「急には無理だよね」と少し弱気になっているようだ。
「根深い問題があると思う」
過去に惚れた男もまた、根深い問題を抱えていて、自分ではどうにもならなかった。心を開かせることもできず、結局、自分だけが空回りして傷付いて終わった。
今回もそうなのかな、と寂しげな表情をしてる。
「高野さんの心を開かせるのって、何が必要なのかな」
体を使っても逃げてしまうだけ。距離を縮めるべくデートに誘っても、全く乗り気にならない。
それでも、と姿勢を正し俺を見据え。
「話だけは聞いてくれる」
過去の男より多少はましだとかで。
「少しずつ前に進めればいいんだけど」
焦っても仕方ない、ってことでまずは会話。少しでも多く会話をして、会話の中である程度の信頼を得たら、次のステップに踏み出すしかないかな、と言ってる。
それにしても、よく喋るな。俺の方は殆ど話してないってのに。
だが、次の瞬間、テーブルに突っ伏した。ゴン、なんて音がして「あ、痛たっ」と言って、少し頭を上げ額を擦ってるし。
再びテーブルに突っ伏すと、手をテーブル上に投げ出し、指先でトントンしだす。
「あたしの気持ちは一方通行、すれ違うことも無い……あ」
起き上がると「お人形さんを相手にしてるのと同じだ」とか言って、また突っ伏してるよ。そのまま「ねえ、無反応なのに充実するの?」と。テーブルに突っ伏した状態で声を出すから、少しくぐもって聞こえるな。
充実って、別に反応を期待してるわけじゃない。反応があるってことは、良い反応もあれば悪い反応もある。悪い反応をわざわざ得たいと思わない。
「リアクションも無いんだよ。エッチしても無反応。あたしなら、いろんな反応楽しめるのに」
要らないんだよ。下手くそだとか自分勝手だとか、もっと愉しませろなんて言い出すに決まってる。男だけ先にイッて女はイケないと、不満を漏らして違う男に靡く。
どうせ股間のサイズも気にするんだろ。小さきゃ嘲笑い大きけりゃ満足するってか?
面倒臭すぎるんだよ。ああでもないこうでもない、自己中な考え方しかしないのだから。
突っ伏していたが顔を上げると「あ、ごめんね。愚痴零すつもりなかったんだけど」と言って「あたしって、こういうところで失敗してるのかなぁ」と落ち込んだ様子を見せてる。
頬杖を突き視線を上に向け「なんか、泣けてきそう」だそうで。
目を見ると確かに涙が溢れそうだな。だが、そこで誑かされる俺じゃない。伊達に長期に渡って嫌われ続けたわけじゃないし。
こうして見ていると、あれだ、細々とした動きがあるな。
真帆では見ることのできない動きだ。
じっとしていられないのか、それとも女だからなのか。まあ、生きてるんだから動きはするか。
昼近くなる頃に「ごめんね。そろそろ帰るから」と言って、帰り支度をするようだ。
玄関まで移動すると振り向いて「えっとね、帰り道、分かんないんだけど」と。
それって言外に駅まで送れってことかよ。やっぱ面倒臭い。
「あ、でもいいよ。スマホのナビで帰るから」
俺の顔を見て、そう答える長峰だった。どうやら不満が顔に漏れ出たようだ。
玄関のドアを開け閉じる際に「迷惑掛けてごめんなさい。でも、気持ちに嘘は無いから」と言って玄関を閉じた。
去り際の表情がな。やっぱり泣きそうで、もどかしそうで。
だからと言って、女と付き合う選択肢は無い。
土曜日の半分は長峰の相手をして潰れた。
だからと言って、何をするわけでも無いのだが。
ベッドルームに移動し真帆を見る。
昨日から今朝に掛けて悶々としていたせいだ。服を脱がせ久しぶりに行為に及んだ。
反応か。
確かに声も出さないし動きもしない。こっちが動く必要があり、真帆からは何もしないし、できるわけもない。
やっぱこれって自慰行為だよな。
行為が済むと手入れをする必要もある。
洗って清潔にしておかないと。
生身の女と違うなんて重々承知してる。でも、生身の女を相手にするには、俺は逃げ過ぎたと思う。今更向き合えるわけがない。
また心無い言葉を投げ掛けられたら。蔑む目付きは極めて冷徹だからな。血が通っているとは思えない。人形以下の存在だ。そう思うと怖さしかないんだよ。
日曜日。
何があるわけでも無い。真帆を椅子に座らせ眺める。
テレビを見てもつまらないし。どこかに出掛けるにしても気が進まない。
なんだか、少しだけ寂しさというか、虚しさを感じてるような。
昨日の午前中は生きた人間が居て、ちょこちょこ動きながら、文句を言う奴が居たんだよな。鬱陶しくて、帰れと思ったりもしたが。
帰り際の表情。まだ鮮明に覚えていたりする。
まさか、気になってる?
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