闖入者は一夜を共にする

 女と全く会話しない、ってことで疑問を感じてる、わけじゃないな。バカにしてるんだろう。

 シカトしていると「高野さぁん。話し相手にぃ、なってよぉ」とか言い出すし。まじで苛立つし殴り倒したい。慣れ慣れしいんだよ。なんで俺に構ってるのか。普通は徹底的に無視して距離を取るものだろ。幾ら酒に酔ってるとは言え、この異常接近は一体何が起こってるのか。


 乗車時間も残り三十分ほど。

 この酔っ払いが、どこで下車するのか知らんが、さっさと離れて欲しい。


「あ、そう言えばぁ、高野さんてぇ、目も合わせないよねぇ」


 合わせないじゃなく逸らされるのが正解。視線が合うのでさえも嫌がられるからな。最早理由なんて無いんだろう。生理的に受け付けない。だから自然と距離を取り、接点を作ることも無い。傍に寄ることでさえ、吐き気を催すんじゃないのか。


「そう言えばぁ、水沢さんがねぇ、高野さんのことぉ、キモいって言ってたよぉ」


 水沢ってのが誰かは知らんが、社会人になって尚も、女子高生レベルの中傷って頭大丈夫か?

 こうして本人に知らされたら、女の場合、確実に文句を言いに来るだろ。なのに、男相手だと平気で中傷してくるからな。どこまで性根が腐ってやがる。


「でもねぇ、気になるんだってぇ」

「意味不明だ」

「あ、やっとぉ、反応してくれたぁ」


 車内でふらふらしながら、俺の腕に掴まりながら体を寄せてくる。揺れるから仕方ないのかもしれんが、指一本触れないで欲しい。どうせあとで、痴漢されたとか言い出すだろ。


「なんかぁ、仕事できるんだなぁって、ちょっとだけぇ見直したんだってぇ」


 見直さなくていいから、話題にすら上げないでくれ。どうせ悪態吐くだけなんだから。

 それにしても女ってのは、陰でこそこそ人の悪口三昧かよ。陰口叩かないと生きていけないのか?


「ねえねえぇ、高野さんってぇ、そんなにぃ、顔悪くないのにねぇ」


 基準が不明だ。比較対象が人じゃないなら、一応人の顔を持ってるから、悪くないとなるだろう。もし人だとしたら、最底辺と比較ってことか。最底辺より、ほんの少しましってレベルなのだろう。

 顔がどうこう、所詮は外見でしか判断し無いんだよ。うざっ。


「あ」


 停車の際にバランスを崩して、俺の胸元に顔を埋め込んでやがる。

 離れるとあれだ、俺のシャツが汚れてるし。勘弁してくれよ。ファンデーションがこびり付いてるじゃねえか。クリーニング代請求するぞ。

 口紅も付くかと思ったが、どうやら飲み食いしてる最中に、全部剥がれ落ちたんだろう。酔っ払ってるから化粧直しもしてないし。


「汚しちゃったぁ。ごめんねぇ」


 謝って済むと思ってるのか?

 へらへら笑いやがって。素面だったら絶対、俺に声なんて掛けないだろうに。会話するのも憚られる存在だからな。


 乗車時間四十分。自宅最寄り駅に着き、くだを巻く酔っ払いを放置し下車するのだが。


「あれぇ?」


 降りてきてる。


「ここどこぉ?」

「知らん」


 俺の顔を見てにこっと笑顔になったと思ったら「面倒くさいからぁ、今夜泊めてぇ」とか言い出した。

 バカなのか、脳みそが腐敗してるのか。男の部屋に泊まるとか、襲ってくれと言ってるようなものだろ。いいのか? 俺は童貞だが、知りたいことがあるからな。のこのこ家に来たら試すぞ。


「帰れ」

「んんぅ?」


 駄目だ。

 俺の腕を掴んで離さないし、むしろ絡めてきて腕を組んでる状態に。

 こ、こんなことで、俺の股間が無情にも反応してきそうだ。童貞にとって腕を組まれるだけでも、刺激が強過ぎるんだよ。触れたことが無いんだから。

 そのままずるずると一緒に歩く、こいつの名前も知らねえ。


「おい。まじで帰れ」

「いいじゃぁん。泊めてよぉ」

「嫌だ。明日になれば、警察に突き出すつもりだろ」

「しないよぉ。同意してるんだからぁ」


 アホか。同意してるなんてのは、素面の時しか有効じゃない。酔って誑かされたとか言い出すのが関の山だ。ところで、何を同意してるんだ?

 絡みつく腕に別の感触まで混ざってくる。

 いよいよ股間が暴れそうだ。なんで、こんなバカ女に反応してるんだよ。


 自宅マンションの前まで来てしまった。

 こいつを引き剥がして、そこら辺に転がしたい衝動が。それと同時に試したい衝動もある。すでに股間はテンパってるからな。歩き辛いったらない。


「ここでいいか?」

「ここぉ?」

「道端だ」

「部屋に入れてよぉ。あ、別の入れるもあっていいよぉ」


 な、なんなんだ、こいつ。頭だけじゃなく尻も軽いのか。一瞬、脳裏を過る脱童貞。そんな都合のいい話は無いがな。

 マンション内に入って行くが、全く離れる気配がない。引き剥がそうとすると「いやぁ! 連れてけぇ」とか喚く。近隣住民に警察を呼ばれても困るから、仕方なく部屋の前まで来たが。


「帰れ」

「知らない所だもん。帰れないよぉ」


 玄関を開け中に入るのだが「ただいまぁ」とか言ってるよ。この頭も尻も軽い奴。

 だが、この時点で失念していたことが。


「あ、お邪魔しますぅ」


 しまったと、気付くも後の祭り。


「あれぇ? これ、なんですぅ?」


 真帆だ。俺の嫁でもある。椅子に座らせたままだった。

 俺の顔を見て真帆を見て、近付いて真帆の目の前で手を振って「あ、これお人形さんだぁ」とか、アホだ。

 再び俺の顔を見ると、思いっきりにやけ面になり「これって、ダッチワイフだよねぇ」とか言ってるし。


「ダッチワイフじゃない。俺の嫁だ」

「何それぇ?」

「ダッチはオランダ人で……」


 妹にも説明したことを繰り返すも「初めて見たよぉ。これってぇ幾らするのぉ?」とか聞いて来るし。

 勝手に空いてる椅子に腰かけて「良くできてるねぇ」とか抜かす。

 この邪魔者を摘み出したい。何とも図々しい奴だ。


「喉乾いたなぁ」

「水でも飲んでおけ」

「どこぉ?」


 くそ。酔っ払いってのは、つくづく手が掛かる。

 水道の水をコップに入れ、テーブルに置くと「ありがとぉ」と言って、コップを掴みがぶがぶ飲んでやがる。遠慮が無いし俺を使うなっての。

 改めて、こいつを見てみると、淡いピンクのブラウスは、フリルが多めだな。少女趣味か? スカートは細かいプリーツ多めの、白いロングスカート。

 胸の膨らみ具合はよく分からんが、決して巨乳では無いようだ。盛り上がり方が少ないからな。

 見ていると「生で見ないのぉ?」じゃないっての。酔っ払っていて尚も視線に気付くのかよ。


「あ、でもぉ、ダッチさんに悪いよねぇ」

「ダッチさんじゃねえ。真帆だ」

「まほぉ?」


 真帆って何だと問われ名前だと答えると。


「まほさぁん。こんばんわぁ」


 挨拶してんじゃねえ。俺の真帆だ。

 それにしても、こいつ、妹とは反応が全く違うな。あれか、酔っ払ってて分かってないのかもしれん。

 少し眠そうな目付きをしているが「ああ、そうだぁ」と急に立ち上がると、思いっきりコケて床に転がってるし。


「何してんだよ」

「足ぃ、ふらついてぇ」


 邪魔だから起こすのだが、手を取ればいいのか、それとも抱えればなんて考えていたら。


「抱っこぉ」


 バカだ。

 床に座りながら両手を伸ばして、抱えろと催促してるし。


「いいのか?」

「だからぁ、抱っこぉ」


 いいのかよ。ならば遠慮なく両脇に手を添えると、腕を首に回してきて、しっかり抱き付いて来た。密着度合いが凄まじい。人生初だ。理性がぶっ飛びそうだし。元より免疫は無いから股間も暴発寸前。


「眠くなっちゃったぁ」


 床にでも転がしておけばいいのか? と聞くとベッドあるんでしょ、と。

 くっそ。ベッドは俺と真帆のためにある。少なくとも、こいつのためじゃない。

 已む無く肩を貸しベッドルームに。

 ベッドに腰を下ろすと、いきなり服を脱ぎだしてるよ。なんだこいつは? 見る間にブラウスを脱ぎ捨て、装飾の施されたブラが露になった。

 もう股間が限界だ。これが生の威力かよ。

 更にスカートまで脱いで、ショーツがぁ!


「おやすみぃ」


 まじか。

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