嘆きの妹だが理解された

 無情にも扉に手を掛け開けようと試みる妹が居る。

 だから、そこを開けられると困るんだよ。真帆はまだ秘密にしておきたい存在だ。考えるまでも無く、示される反応が理解できるからな。

 身の毛もよだつほどに気持ち悪がられ、二度とこの家に寄りつかないかもしれない。寄り付かないのは構わないが、実家に「エロ人形持ってる」と言いかねないし。

 そうなると「不健全な遊びをしてないで、生身の女を相手に」なんて言い出す。

 生身の女との縁が皆無だから、俺の心の支えが真帆なんだっての。

 俺の実情を無視して気持ち悪がるからな。家族と言えど、その点では敵でしか無くなる。


 やめろ、アホ。

 こら。

 制止するも逆に興味を抱かれたのか、強行に扉を開けようとする妹だ。

 腕を取り反対側に向けようとしても、抵抗が凄まじく、暫しクローゼットの前での攻防が続く。


「兄さん。何隠してる?」

「何も無い」

「嘘。疚しいものあるんでしょ」

「無い」


 じたばた暴れていると、もはや腕如き押さえても意味がない。

 妹の体に手を回し体ごと、ベッドにぶん投げてやる。


「ちょ、ちょっとぉ、手!」

「あ?」

「お、おっぱい」


 道理で妙な感触が伝わってくると思った。手の位置が妹の乳を掴んでたわけだ。


「ただの脂肪の塊じゃねえか」

「兄さんにはそうだけど、実物触った経験無いでしょ」


 くっそ。ダメージが大きい。

 真帆の乳は何度も揉んだ。だが、妹の感触とはまた少し違う。人工物は天然を超えないのか。当たり前だが、妹に何か感じ入ることは無い。所詮は身内で異性として認識できないからな。

 性的な意味で掴んだわけでは無い、ってことで許しを得たが、無念、クローゼットの扉は抵抗虚しく解放された。


「ぎゃっ!」


 開けた瞬間、びっくりしてひっくり返ったようだ。ベッド上に転がった。

 人が居る、と一瞬認識したかもしれんが、すぐに人形だと気付いたようで。俺の顔を見て「変態」と。


「何これ? ダッチワイフ?」

「違う。ダッチとはオランダ人と言う意味だ。差別的だから使わない」

「じゃあエロ人形」

「違うぞ。真帆だ」


 頭を抱え「バカなの?」と。


「名前まで付けて、気色わるっ」

「言うと思った」

「事実でしょ」

「そうか、じゃあ製造者も使う側もひっくるめて変態と」


 需要があるから産業として成り立つ。

 最近ではAIを搭載したセックスボット、なるものまで出てきてるんだがな。つまりは世界中で一大産業になっている。

 それらを全て「変態、気色わるっ」で片付けるのか、と問うと。


「違うけど、見なきゃよかった」

「だから抵抗した」

「先に言ってよ。そうしたら見なかったのに」


 恥ずかしくて言えるか。わざわざ明かす必要の無いプライバシーだ。それを抉じ開けて晒したのはお前だ、妹よ。


「因みに、男日照りのお前向けに、男性型のラブドールもあるぞ」

「要らないし、日照りじゃないし」

「股間が乾ききる前に、せめて疑似でも――」


 横っ面を張り倒された。

 ベッドに腰掛け真帆を見ながら「デリカシーゼロ。だから女性にモテないんだよ」と言われる。

 ベッドから立ち上がると、真帆に近付く妹が居て、しみじみ眺めているようだ。


「それにしても」

「よくできてるだろ」

「不気味の谷は克服できた感じ?」

「もうひと息かもな」


 実に愛らしい表情、肌の質感は生身に近付いてはいる。まだ生身には及ばないとは言え、ただのシリコン製とは思えない、見事なメイクが施されているからな。

 如何にもな人形然とはしていない。確実に進歩しているのがラブドールだ。


「どうだ? 真帆は可愛いだろ」


 俺の言葉に眉を顰め「きっしょ」とか言ってるよ。


「使ってるの?」

「今は使ってない。添い寝や食事を一緒に」

「背筋凍った」

「ラブドール保有者なら一度はやるだろ」


 服を見て胸元を見る妹が居るが、俺を見ると。


「服はどうしたの?」

「買った」

「何で胸、こんなに大きいの?」

「趣味だ」


 吐き気を催したのか、えずく感じで深いため息を漏らしてる。

 顔を覗き込み「目がリアルだけど気持ちわるっ」と言ってるし、髪を触ってみて「あ、これ人工のだ」とか言ってるよ。


「表情も少し変化させられるぞ」

「どうでもいい。これってポーズって」

「自在だ。人とほぼ同じポーズが可能だからな」


 それで変態的な体位で楽しんでるのか、と気色悪がる妹が居る。いちいち気色悪がるなら、いい加減放置してくれ。個人的な趣味嗜好を否定するなっての。


「これって、やるためのものだよね?」

「まあ、その機能は付いてるし」

「入れてるんだ。こわっ」

「何でだよ。そのためのラブドールだぞ」


 もしかして、気になってるのか? 股間の造りとか感触とか抱き心地まで。

 生身を知らないから、どの程度の再現性かは俺も知らん。だが、心地良さと体温があることで、生身に近いのは確かだ。一昔前の物とは比較にもならない。


「見てみるか?」

「何を?」

「マ〇コ」

「バカでしょ」


 ただ、興味を抱いたようで、口では言わないが見たいようだ。

 真帆、このバカ妹のために文字通り、一肌脱いでくれるか?

 クローゼットから真帆を抱きかかえ、ベッドに寝かせるのだが、その行動を見ていた妹の口から。


「なんかもう、変態を通り越して、ただ異常」

「バカ抜かせ。大切なパートナーだぞ。大事にするのが普通だ」

「幾ら注ぎ込んだの?」

「五十万ほど」


 呆れ果てたのか言葉も無いようだ。

 服をそっと脱がしていくと目を逸らす妹が居る。


「見ないのか?」

「あのさあ、兄さんのその姿、もう少し客観視した方がいいよ」


 知るか。本来人に見せながらやるもんじゃない。密かに楽しむのだから。

 まあ、同好の士であれば自慢し合うのはありだがな。

 服を脱がし豊かな乳房が露になると、妹の視線が一時的に固定され「形崩れないのって不自然だね」だそうだ。知らん。ああでも、エロ動画では巨乳は寝そべると、乳房が横に広がっていたな。

 更にショーツを剥ぐと、いよいよお待ちかねの部位が露に。


「生と違いはあるのか?」

「見たくないんだけど」

「いや、感触含め違いを知りたい」

「誰の感触?」


 まさか妹のを触らせてくれ、とは言えない。触りたいと思ったことも無いけどな。


「自分と比較してみればいい。お前のは触りたくないし」

「きっしょー」

「いいから、自分と比較してみろって」

「セクハラ」


 関心があるなら試せばいい。そうじゃないなら、いちいち突っ込むなっての。

 結局、好奇心が上回ったようだ。そっと指を当て「何これ?」だそうだ。


「兄さんは知らないだろうけど、感触、全然違う」

「そうか。そこはまだまだ改善の余地があるんだな」

「形も不自然だし」

「まあ、仕方ないな。素材もシリコンだし、成型技術も追い付いてないんだろう」


 ついでに胸も揉んでいたが「全然違う」らしい。

 俺にとっては未知の領域だからな。さっき掴んだが、あれはブラの上からだから、正確な感触は不明だし。

 それにしても、きしょい、なんて言った癖に。意外にも妹はラブドールに偏見が無いのかも。あれか、やっぱ好奇心か。


「男版のラブドール」

「要らない」

「居ないだろ。彼氏」

「今はね。でも半年前まで居たから」


 やってたのか。年齢を考えればセックス程度はやるだろうし。まさか処女とか言ったら、腹を抱えて大笑いしてやるんだが。俺じゃないから、さすがにそれは無いか。


「やってた?」

「何を?」

「決まってんだろ」

「それ、セクハラだからね」


 とにかくデリカシーの無さを克服しろと。セクハラ発言をして、いやらしい視線を女性に向ければ、嫌われて当然なのだからと。

 顔がどうこうじゃなく、態度に出てるから、だそうだ。


「で、やった?」

「あのね……子どもじゃないんだから、その辺は勝手に察してよ」

「そうか。俺は未経験だってのに」

「知らないっての」


 とりあえず、この件は親には黙っておくそうだ。こんなの知ったら脳みその血管ブチ切れるとかで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る