嫁と充実した日々を送る

「朝飯、用意したぞ」


 食卓にワンプレートの朝食を用意する。トースト、目玉焼き、サラダ、スープだ。俺の向かいに腰掛ける真帆と二人分。

 食事の最中は軽い会話を欠かさない。


「今日はたぶん残業無いから、早めに帰れると思う」


 微笑む真帆が居て、微笑み返す俺が居る。

 食事が済むと食後のコーヒーで、朝の寛ぎタイムに。


「砂糖とミルクは入れるんだよな」


 カップに砂糖をスプーン二つ分入れ、軽くかき混ぜるとミルクを注ぐ。


「さあ、飲んで」


 さて、そろそろ出社しないと間に合わなくなる。

 真帆に視線をやり、じゃあ、そろそろ出るから、と言ってテーブルの食器を片付けた。


 分かってるんだよ。

 言葉は発しないし動きもしない。見た目はそれなりに人に近いが、所詮は人形だからな。食事を用意しても食べることは無い。じゃあ二人分用意したものをどうするか、と言えば結局俺が食うことになる。

 食事の内容次第では弁当にして、昼に食うことが多いのだが。

 真帆用に淹れたコーヒーは、ガバっと俺が飲み込み処理をしておく。


「行ってくるよ」


 さっと近寄り顔を近付け唇を重ね合わせる。まあキスって奴だ。

 済ませると手を振って家をあとにする。


 社会人になってからは、ひとり暮らしをしていて、当初はワンルームのマンションだった。二年後には目的ができて、ベッドルームとLDKのある、少し広いマンションへと引っ越した。

 負担増にはなったが、迎え入れる予定の存在のためと、仕事を頑張るように。


 自宅最寄り駅から電車で四十分ほど。そこから徒歩で五分程度にある、勤務先のオフィスに到着し自分のデスクに向かうが、社内に居る連中の挨拶は男からだけだ。相変わらず女からは避けられている。

 俺が何をしたのか知らんが、無視されるほどに忌避される存在ってことか。今更、声を掛けられても困るけどな。話をする気も無いし、目を合わせることも無い。


 昼休みになり晩飯の残り物を詰め込んだ弁当を食う。

 傍に寄って来たのは同僚の根本って奴だ。俺のデスクの隣に居た奴は、外に飯を食いに出ている。空いてることで椅子に腰掛け、手にしたサンドイッチを食ってるし。


「俺も人のことを言えないけど、高野も毎回弁当だな」

「節約してるんだよ」


 本当は違うけどな。真帆に作った分を弁当にしてるだけで。


「最近なんかいいことでもあったか?」

「なんでだ?」


 いいこと、と言えばあれだ、嫁ができたことだな。人じゃないけどな。

 で、何を見てそう思ったのか。


「前より仕事頑張ってるじゃないか」


 ああ、そういうことか。


「入社して三年。昇進も視野に入れてるんだよ」

「まじか。この会社に骨を埋める気か?」

「そんなつもりはない。ただ、キャリアは積んだ方が、転職で有利だろ」

「真面目だな」


 建前だけどな。単に給料を増やしたいってだけだ。

 金はいくらあっても困らない。真帆と一緒になってみて、ひとつ思い付いたこともあるんだよ。誰かに言う気は一切無いが。

 現実にやったら問題だらけ。それも人形だからこそできるってな。


 昼休みが終わり午後の業務を熟すと、時々同僚から飲みに誘われるが、家には真帆が待ってるからな。酔っぱらった状態で家に帰る気は無い。

 付き合いが悪い、なんて言われようとも、まっすぐ帰ることにしている。

 女も交えて、なんて話も出ることがあるが、それこそ俺が参加すると知れば、女どもはひとりも参加しなくなるぞ。

 丁重に断ると「それだと彼女できないだろ」なんて言われる。

 一度だって彼女なんてできた例がない。どうしようもないほどに避けられるんだから。まあ、同僚は俺の過去を知らないだけだ。


 誘いを断り家に帰ると、真帆のために夕食を用意し一緒に食べるのだが。

 いつ見ても変わらない美しさと愛らしさ。人間の女は日々劣化して行くからな。最早生身の女なんぞ、何ら比較対象にすらならん。まじで不要になった。

 食後はテレビを見ながらの語らいだ。

 くだらないドラマは見ない。報道系の番組を主に見ながら、真帆に対して物騒になったよな、とか、相変わらず政治家はアホだなんて。


 こうして夜も更ける頃には、真帆をベッドルームに連れて行き一緒に寝る。

 お姫様抱っこをしてベッドに降ろし、着替えを済ませ並んで寝るのだ。


「おやすみ。真帆」


 キスをして就寝する。

 性的なことは来た当初に何度かやったが、今はそれもなく精神的な拠り所に。

 別に体に飽きたわけじゃない。それこそ着替えさせてると、無性にやりたくなることはある。だが、今の気持ちとしては、大切にしたい想いだけだ。


 休日前の夜。

 スマホにショートメッセージが入った。

 見ると妹が様子を伺いに来ると言う。


 言い忘れていたが俺には妹が居る。俺に似ることがなく、世間一般で言えば可愛いのだろう。三つ年下の家族ってことで、唯一接点を持つ異性でもある。

 異性として見たことは無いけどな。家族だし。ついでに今は独り身らしい。

 そこはやはり女だ。相手に求めるものが大きすぎるのだろう。理想を追い求めている間に、どんどん年を取って老けていく。高値で売れる内に決めればいいんだが。


 ああ、そうだ。

 俺の嫁を紹介、なんてさすがにできないから、どこかに隠れてもらわないとな。

 梱包し直すか、それともクローゼットに入ってもらうか。さすがに妹に見られたら、何を言われるか分からん。気持ち悪い、程度で済めばいいが、母さんとかに言い付けそうだし。

 そうなったら面倒だからな。

 翌朝、早い時間に起床し真帆と朝食を済ませ、クローゼットを整理する。


「ごめんな。今はまだ紹介できないから」


 ある程度片付いて真帆の入るスペースを確保。中に入ってもらった。立った状態だが今日一日の辛抱ってことで。

 午前十時頃にインターホンが鳴り、室内モニターを見ると妹が来たようだ。

 久しぶりに見る顔だが、招き入れると暫くしてドアホンが鳴る。


 玄関ドアを開けると「久しぶり、兄さん」と、こっちの返答を待たず部屋に上がり込んでくる。


「おい」

「何? 様子見に来たんだし」


 白いTシャツを着て、上にでかく透けるカーディガンを羽織ってる。下はパステルグリーンのチノパン。普段着そのままだ。兄の元にお洒落してくるわけもない。

 すっかり大人びた感じはあるが、行動に変化はなさそうだ。


「ねえ、喉乾いてるんだけど」

「ああ、待ってろ」


 椅子に腰掛け室内を見回してるようだ。クローゼットは覗くなよ。


「何で引っ越したの?」

「手狭だからだよ」

「誰かと一緒に住む予定あったの?」

「あるわけ無いだろ」


 意味分からんとか言われてもな。真帆の件は口外できない。


「ママが結婚しないのかって」

「相手が居ないだろ」

「相変わらずモテないんだ」


 放っておけ。それは自覚してる。

 コーヒーを淹れて出すと「フレーバー炭酸が良かった」と文句を言ってるし。なんか腹立つ。砂糖を三つほど入れて、ミルクをだばだば注ぎ入れてるし。

 相変わらずのお子ちゃま舌なんだな。


「そっちはどうなんだ? 彼氏はできたのか?」


 二脚ある片方の椅子に腰掛け、妹に向き合い訊いてみると。


「いい人、居ないんだよねぇ。兄さんの会社に居ないの? かっこよくて金があって」


 贅沢言ってんじゃねえ。所詮は俺の妹なんだから、高すぎる理想を抱くのはやめた方がいい。

 妹が立ち上がりベッドルームに向かおうとしてる。


「ここ、寝室?」

「そうだ。ベッド以外何も無いぞ」

「ふうん」


 そう言いながらベッドルームの扉を開け、中を見ているようだ。


「ダブルベッド……なんで?」

「シングルは狭い」

「ひとりなんでしょ? それとも相手が居る?」

「居ない」


 まあ居るわけないよね、と。やっぱ腹立つ。

 だから、ベッドルームに入っても、何も無いんだよ。


「何も無いぞ」

「まあ、無いみたいだけど」


 こら、クローゼットの扉に手を掛けるな。まじでやめろ、アホか。いちいち人のプライバシーを侵害するんじゃないっての。

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