女に絶望した俺は大枚叩いてラブドールを嫁にしてみた

鎔ゆう

絶望して手に入れたもの

「だっる。きっも」


 高校一年の秋、意中の女子に告白した際に言われた。

 その女子の見た目は某アイドルグループに居ても、おかしくは無さそうな愛らしい雰囲気を纏っている。普段教室内で他の生徒と会話している際の目付き。優し気で楽し気で笑顔が眩しかったんだが。

 当然ながら男子生徒の人気も高い。何人が告白したかは知らない。

 それでも意を決した奴も居たとは思う。


 俺もまた、期待と不安が入り混じる中、放課後に体育館裏手へ呼び出した。

 指定した時刻から遅れること十分程度。

 ゆっくりとした足取りで彼女は現れたのだ。俺の正面に立ち少々不機嫌そうな表情を見せる。


「何?」

「あ、あの。えっと、わざわざ来てくれてありがとう」

「用件は?」

「あ、え、と。あの、す、好きです。付き合ってください」


 渾身の勇気を振り絞り頭を下げ告白すると。

 返事は脳裏にこびりつく「だっる。きっも」だった。

 それ以上の言葉は無く、くるりと背を向け離れて行ったのだ。背を向け去りながらもぶつぶつ「きっしょ」だの「あたおか」だの。

 その場に立ち尽くすしか無かった。


 思い起こす。

 彼女が現れた時の表情や態度。


 不貞腐れた感じで何呼び出してるんだよ、さっさと用件を済ませろって態度だったのが、今なら分かる。

 表と裏。

 多くの生徒の目がある場所では、愛想の良さを振りまき笑顔を見せる。誰とでも楽し気に会話をし気さくな雰囲気を醸し出す。

 教師に対しても礼儀正しく品行方正、なんて思われていたわけだ。


 この時はショックがでかいだけで、フラれた理由なんて分かるはずも無い。

 ショックから立ち直り進級した頃、ひとりの女子に憧れた。

 まあ、懲りない俺は焦がれ募る思いの丈をぶちまけたが。


 結果は玉砕。


「死ねよ」


 絶望の淵に立たされた気分だった。

 そのまま奈落の底へと突き落とされる、そんな感覚を得ただけ。


 その後も懲りずに高校時代、三度目の告白。

 待ち合わせ場所に現れ、俺の正面に距離を取って立った瞬間、深いため息を吐く。


「鏡、持ってないの?」


 続いて呆れ気味ではあれど、哀れみの表情を見せ。


「あたし、持ってるから貸してあげようか?」


 どうやら俺の容姿は一般より、かなり下に位置するようだ。

 鏡なら毎朝見てるのだが、特段、一般的な容姿に比較して劣るとは思わなかった。

 イケメン、だなんて思うことは無かったが、忌避されるほどの醜さでも無いと思っていたのだが。

 鏡を見ろ、ってことは不細工ってことだよな。

 そんな醜い面を晒して告白とか、死んで出直せってことだと理解する。


 さて、そんな俺が失意の中で得た結論。


 生身の女は不要。


 そして現実から逃げた。

 当初は二次元の世界に逃げ込んだが、どうにもしっくりこない。

 何より触れることはできないのだ。どれだけ憧れてみても、画面の中や紙の表面で微笑むだけ。

 触れてみても感触がな。

 しかも平面だ。


 結果、三次元。

 女に対して憧れる本能は捨てきれず、癒されたい想いと触れたい想い。

 だが、生身は駄目だ。悪態を吐かれるだけで、得るものは何ひとつ無いのだから。


 金の無い大学時代はバイト代をフィギュアに注ぎ込んだ。

 触れることもできる立体造形。悪くは無かったが、これもなんか違う。

 小さいしデフォルメが激しいし。こんな人間居るわけがない。触れても硬いし多くは決まったポーズ。

 表情も固定されているから変化は皆無だ。


 違う。

 生身の女は不要だが、もう少し近付けたい。


 大学を卒業し会社に就職することで、やっと俺が望むものを手に入れることができた。

 就職して数年後。

 ついに念願叶ったのだ。


 まずはショールームに出向き、じっくり観察し感触を試す。

 スタッフに質問を投げ掛け疑問を解消し、どこまで要望に応えられるのか、様々な場所で確認し続ける。

 およそ、一年ほど経過した頃、これだ、と思うものに出会えた。


 用途には俺のように癒されたい、と思う男も多いらしい。

 現実の女に幻滅し、この世界に足を踏み入れる人も居るとかで。

 多くは別の目的があるのだが。

 まあ、生身の女は薄らこ汚く臭く、底意地が悪く、小賢しく口煩く過剰な要求をするからな。己を弁えないのは何も俺だけに限らない。女こそが己を弁えず、要求のみ押し通そうとするクソっぷりだ。

 お姫様願望が幾つになっても無くならないのだろう。偉そうに。

 人を値踏みできるほどの存在なのか、一度己を振り返れっての。


 横道に逸れたが、展示会にも出向いて、ついに俺の下に来たのだ。

 かつてないほどの期待感。逸る心を落ち着かせ慎重に梱包を解いていく。

 ああ、指先が震えるぞ。落ち着け。一切傷付けてはならないのだ。丁寧に大切に扱わなければな。

 開封すると梱包材に包まれた愛すべき存在。


 そっと梱包材を取り出し露わになる愛しの君。

 ただなあ、開梱直後の状態って頭と胴体が分離されてて、ちょっとしたホラー。

 胴体を抱え持つとずっしりとした重量感があり、フルシリコン製のボディは程よく柔らかさを感じ取れる。裸の状態で収められているが、いろいろ実にリアルだ。リアルすぎて思わず乳を揉んでしまった。むにゅっとした感触が堪らん。因みに俺は本物を知らん。童貞だからだ。ゆえに作り物で満足できる。

 頭も取り出すが、これがまた実在するAV女優をモデルにしている。そのお陰で不気味さを感じないのがいい。


 頭を胴体に取り付けウィッグをセットする。届いた状態は坊主頭なんだよ。

 実に愛らしい。目玉の位置を調整し口を軽く開けてみる。

 目玉の位置や口の開閉、各関節は人と同様に稼働する。人が取り得るポーズを取らせることができるからな。自立するから立たせておくことも可能。

 目玉の位置や口の開き具合で、少しの表情を作ることもできて、リアリティが増すってのもいい。

 口でもできる仕様だし。ホールは埋め込み型で奥行きも、自分のサイズでオーダーできる親切設計。クソの付かないアナルプレイもできるぞ。


 そして特筆すべきはボディのリアリティだ。

 オプションのメイクにより、肌の質感や色も生身に近付けている。足の裏や手のひらの皺や血管、赤みの差す具合、顔の皮膚感もあえて人に近付けているわけだ。

 体の各部に至っても同様、そこはシリコンを意識させない。

 これで産毛も再現できていたらと思うが、さすがにそこまでは無いのが残念、と言えば残念だ。

 ああ、陰毛はオプションで生やすことはできるぞ。

 無い方が手入れが楽だからパイパンだ。


 付属品にはウィッグや櫛に簡易洗浄ポンプ、ビキニ上下一式と吊り下げ金具、USBウォーマーに目玉調整器具が同梱。他にオプションで電源コードが入っている。これは肌の温もりを得るためだ。

 多数のカスタマイズをしたことで、総額五十万程に至ったが、この出来栄えであれば満足至極。

 すげえぞ。


 事前に用意していた下着を身に付け、服を着せていくと、まるで生きているかのようだ。着せている間、いろいろ触って楽しんでしまった。どこを触っても柔いんだよ。

 椅子に腰掛けさせ、テーブルに軽く肘を突く格好に。目玉の位置を調整、口の開き具合も調整しておく。

 軽く微笑む感じに仕上げてみたが、うむ、実に癒される感じだ。


 作り物ゆえ、経年劣化があるのは已む無しだが、当面は俺の嫁として一緒に過ごすことになる。まあ、生身の女はそれこそ経年劣化が激しいからな。シミシワ吹き出物に弛みや体型の崩れもある。口臭や体臭だって酷くなるし、股間も臭くなるし色も形も酷くなるだけだ。

 ラブドールなら最悪、買い替えって手段もあるし。

 人間の嫁は買い替えできない。一生付き合うか離婚して他の嫁を探すか。

 俺の場合は、そもそも人間の嫁は娶れない。だからそんな心配は無用だが。


 寝る時は隣に、朝は一緒に朝食を。夜も一緒に夕食を取り、そして夜伽をしてもらおう。

 今後は充実した日々を送れそうだ。

 たっぷり愛してあげるからな。

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