忘れられない思い出 part2
田川侑
忘れられない思い出 part2
キーンコーン カーンコーン。
授業の終わりを告げる鐘の音が学校全体に響き渡った。
起立。気を付け。礼。着席。
教卓の前に立っている教師の合図から始まり一連の流れを終えると、先程まで静かだった教室内が一気に騒がしくなり始めた。
今日受ける授業は今の授業が最後だったため、残すはホームルームのみ。
授業で使った教科書や筆記用具を机の中に入れた後、日直当番である私はチョークで書かれた黒板の文字を黒板消しで消しながら教室内を見渡す。
先に帰り支度を始める生徒。談笑に花を咲かす生徒達。授業の復習に勤しむ生徒と、皆それぞれ違うことをやっているけれど、皆一様にどこか緊張している様子だった。
「姫はもう貰った?」
声がするほうへ視線をやると、親友の栗田茜が悪戯っぽい笑みを浮かべながら話しかけてきた。
ちなみに『姫』という呼び名は私の苗字が『白雪』だからそう呼ぶようになったとか。
「貰ったってなにを?」
「分かってるくせに。その様子だとまだみたいね」
茜はやれやれといった感じで黒板消しを手に取り、黒板の文字を消し始めた。
「もう時間ないんだから姫から行けば?」
そう言われ、私は一人の少年に視線を移す。
クラスではあまり目立つタイプではない彼。
だけど、そんな目立たないところも人に優しくできるところも私は好感を持っている。
少し、というかだいぶ抜けているところはあるけれど、そこもまた彼の魅力の一つだ。
「!」
うっかり長いこと見つめていたせいで、私の視線に気づいた彼と一瞬目が合ってしまった。
咄嗟に目を逸らし回避する。
「なんでもいいけど、早くしなよ〜。見てるこっちが焦ったい」
そんな私を見た茜は呆れたように手をひらひらとさせて自分の席に戻って行った。
私はポケットからスマホを取り出した。
『返事返すの遅れてごめん。今度埋め合わせは必ずします。……』
スマホの画面に映し出された彼からの返信。この返信を見るのはもう何度目になるだろう。
これを見るたび一ヶ月前に起きたあの日の出来事を思い出す。
二月十四日。
その日は女子高生にとって特別な一日だ。例に漏れず私もその内の一人であり、女子生徒の間では別名『勝負の日』なんて呼ばれていたりするほど、数少ないイベント事の中で一日で学生生活を一変させる可能性があるのがバレンタインデーだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「来ない……」
彼は一体どこにいるんだろうか。
スマホ画面に映る彼宛に送ったメール。既読はついているのものの返信が返ってきていない。送った時間が遅かったせいか、まだ気づいてないだけかもしれない。
この際、私からもう一度メールを送ろうか。
でもなんて送ればいいんだろう。
『返信して』これはなんか強引な気がする。
『忙しい?』これは催促しているようで気が引ける。
『気づいてない?』これは私が気にしているみたいでなんか嫌だ。
どんな内容のメールを送るか、そんなことをだらだらと考えていたら、17時を知らせる鐘の音が学校全体に響き渡った。
ハッとなり、私は辺りを見渡す。気が付けば校舎にほとんど生徒の姿はなく、校庭で部活をしていた生徒達もいつの間にか居なくなっていた。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
五限目の途中、意を決して彼にメールを送った。
それからホームルームが終わるまでの間、ずっと返信がくるのを待っていたが返って来ず。直接言おうと決意をし、身だしなみを整えにトイレから戻ってくると教室内に彼の姿はなかった。
昔からそうだった。私が何かを決意をした時に限ってまるで神様が見えない悪戯をしてくるみたいに何かしらの災難が降りかかる。
小学生の頃、テストで良い点を取ろうと決め、テスト当日愛用していたシャーペンが寿命を迎えたらしくあらぬ方向に曲がった時も、中学生の頃、楽しみにしていた修学旅行の前日に体調を崩してしまい、なんとか熱だけでも治して最後の一日だけは参加できた時も、他にも色々とあるけれど、周りの人達に助けられながらも今まで挫けずにやってきた。
そして、今もそうだ。バレンタインデーの日にチョコを渡すだけなのに、それが叶わないかもしれない。
これが一回目なら諦めもついたかもしれない。だけど、去年も一昨年も渡そうとして結局渡せなかった。
一昨年は彼の連絡先を知らなかったため直接チョコを渡そうとしたが、急な大雨のせいで彼が先に帰ってしまい渡せず、去年は彼が前日から急な体調不良で一週間ほど学校を休んでしまい渡せなかった。
もし、今年渡せなかったら来年は高校を卒業した後になってしまう。
それだけは嫌だ。だから今年は絶対に渡したかったのに……。
「はぁ……」
再びため息が出た。
目頭が熱くなっていくのを感じる。
ーー今回も渡せないかもしれない。
そんなことを心の中で思っていると、スマホの通知音が鳴った。
急いでスマホの画面を見る。メール通知が一件。
映し出されている名前を確認し、内容を見た瞬間、胸が高鳴るのを感じた。
『返事返すの遅れてごめん。今度埋め合わせは必ずします。それと、今日伝えたいことがあります』
何だろう。伝えたいことって。
少し考えたけど、何も浮かばなかった。
少し不安になりつつも、私は今いる場所をメールで伝え、彼が来るのを待った。
そして、待つ事三分。彼が来た。
彼と向かい合う。お互い緊張した雰囲気の中、先に動いたのは私だ。
大きく深呼吸をした後、震える手をなんとか抑え込み、手作りチョコが入っている紙袋を彼に手渡した。
正直怖かった。渡す瞬間まで嫌がれないかなとか迷惑じゃないかなとか色々と不安だらけだったけど、彼が頬を赤らめながら照れ臭そうに「ありがとう」と言ってくれただけで全ての不安や恐怖がどこかへ消えてしまった。
渡せて良かった、私は心の中で強くそう思った。
「白雪さん」
私がバレンタインデーの余韻に浸っていると、彼が話しかけてきた。
そういえば、メールで伝えたいことがあると言っていたけど、なんだろう。
彼は緊張した面持ちで私の正面に立つと、何かを決意したかのように真剣な表情に変わり、頬を真っ赤に染めながら彼は言った。
「好きです」
忘れられない思い出 part2 田川侑 @tagawa_yu
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