第3話 夏の約束

初めて沢木葵と話したあの日は、確か、火曜日だっただろうか。


二回目に話した日も火曜日だったと、ふと思い出す。毎週火曜日になれば、あの場所で君に会えるのだろうか。


「…なんて、僕が彼女のことを好きみたいじゃないか!」

やってしまった。僕は、大学の講義室で大きな独り言を放って、冷たい視線を浴びた。


その中に、沢木葵もいた。目が合って、気まずくなってしまい、ちらりと視線を別の方向へ向けた。そんな僕を、高良順太たからじゅんたがからかってくる。


「おい、泰聖、好きな子でもいるのかよ。裏切るなよ?」

「別にいないし、裏切ってもいない。」

と、僕は冷たくあしらった。けれども効果はなく、彼は絶えずからかってきた。


順太も同じ学科の同級生で、僕の親しい友人の一人だ。持ち前の明るさと楽観的な性格で友達が多く、よく目立つ。だからこそ、僕は教室中の視線を独り占めしてしまったのだ。しかも、冷たい視線を。


今までの話はどこへ行ったのだろうかと、順太は方向転換をしてきた。


「てかさ、今年の夏休みはどっか行くの?」

彼との会話はいつだって支離滅裂だ。僕は、今年も家に引きこもる、と言おうとしたが、


「今年は絶対に外に連れ出すからな、覚悟しとけ。」

と、酷な宣言をされた。僕がインドア派で、夏休みは四六時中部屋でエアコンの風を浴びているということを、順太は知っているのだ。

あからさまに嫌な顔をしているであろう僕を前に、順太は続ける。


「夏休み入ってすぐ、隣町で花火大会やるんだってよ。一緒に行こうぜ。」

と、誘ってきた。僕はすかさず、


「お前、彼女いるだろ。彼女と一緒に行って来いよ。」

と言ったが、順太はこう答えた。


涼花すずかはもちろん連れていく。で、泰聖も連れていく。」

「何でだよ。」


僕は、どうしても連れて行かれるらしい。どうやら、自分の女っ気の無さを心配したのだろう。つまり、出会いの場として連れて行かれるようだ。


「ってことで、泰聖は誰か女子連れて来いよ。じゃあな。」

なんて、彼は本当に突拍子の無いことを言う。そして、無責任な言葉を吐き捨てて帰っていった。


順太の彼女の、宮田涼花みやたすずかは法学部の同級生だ。二人はサークルで出会ったらしい。彼女とは数回話したことがあるが、誰に対しても態度を変えず、良い意味で媚びない、さっぱりとした性格だ。


だから、順太と涼花と一緒にいることがあっても、全く苦痛を感じない。そのせいで僕は、彼女がいないことに劣等感や焦燥感を感じずに今日まで来てしまったのだろう。


「女子誘えって言われても、話せる奴なんて...」

―いない、と言いかけた時、

あっ、と声が出た。




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