第2話 声
あれから一週間が経って、再び僕はあの河川敷に足を運んだ。
少しばかり、沢木葵に会えるなんて期待をしながら、傾く太陽を眺め、僕は歌を口ずさんでいた。
歌はプロ並みに上手いわけではないし、寧ろ、歌は下手だと自覚している。それに僕は、自分の声が好きではない。自信は無いが、歌うことが何よりも好きなのだ。矛盾しているだろうか、と考えながら、僕は小さく奏でる。
「その曲って...」
突然の声に僕は驚いて、三メートルほど後退した。まさか、他人に聞かれていたとは。
恥ずかしくて消えたくなる気持ちを抑えながら、その声の主を見上げると、更に呼吸が止まりそうになった。
「…沢木さん?」
「やっほー、また会ったね。」
見上げた先には、沢木葵が立っていた。彼女は続けて、
「君、綺麗な声してるんだね。」
なんて、心臓に悪い言葉を紡ぐ。僕は、自分の声が好きではないし、そんなふうに言われたことが今まで無かったから、この返事をどう扱っていいものかと困惑した。そんな様子を見た彼女は、
「ホントに綺麗で落ち着く声してる。よく言われない?」
と、追い打ちをかける。僕は、迷いながらも答えた。
「全く言われないよ。」
「ええっ、ありえない!こんなにいい声なのに。みんな分かってないなー。」
彼女はムスッとして、そう言った。僕は心底嬉しかった。彼女の言葉には裏表がなく、信頼できるからだ。
―中学二年、秋。
僕らは合唱コンクールの練習真っ只中だった。僕は、自分の歌に自信があったから、率先してパート練習を行っていた。
ある日の放課後、忘れ物を取りに教室に戻った僕は、今でも忘れられない、ある光景を目撃する。
「…なぁ、相馬って調子乗ってるよな。」
「確かに、俺もそう思ってた。」
突如耳にしたこの言葉に、固唾を呑んだ。自分の悪口を言われていると知った。これ以上、踏み込んではいけないこの領域。静寂に響き渡る彼らの無情な声。僕の鼓動が少しずつ早くなっていくのが分かる。
次の瞬間、彼らは放った。
「
僕は、今までの醜態を抱え込むように、泣きたい気持ちを溢さないように、歯を食いしばって廊下を駆けた。
彼らに悪口を言われた悲しさよりも、自分が驕り高ぶっていたことに羞恥心を持った。同時に、あんなにも前面に振りまいていた自信を失った。僕が自分の声にコンプレックスを持ったのは、この頃だっただろう。―
中学の頃にコンプレックスを抱えるようになって早5・6年が経つ。今では個性として、ギリギリ受け止められている。
正直、人前で歌うことへの抵抗や、全てを否定されそうな恐怖心があるが、そんな僕の声を彼女は褒めた。認めてくれた。こんな奇跡みたいなことがあるだろうか。
崖から落下しそうになった僕の手を取り、引っ張り上げてくれるかのように、彼女は手を差し伸べてくれた。
僕の希望の光になった。
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