夏風薫る、暁の君

雨満月

第1話 風待月

八月、某日。真夏の入道雲を追いかけて、彼女は言った。


相馬そうま君って、あの空みたいだよね。」


そんな彼女は、夏の太陽のように眩しくて、僕の目をくらませた。――



大学二年生になった僕は、街中を歩く高校生を見て羨ましいと感じることはないし、熱心に追いかけている夢もない。一年前の僕は、もっとましな生き方をしていたのだろう。僕の毎日は、学校とバイトの繰り返しだ。サークルにも入っていない。大学生としては、遊んでいない珍しいケースなんじゃないかと思う。


そんなくだらない僕の毎日は、ある日突然変わった。


「そこで何してるの?」


ある日の夕刻、帰宅途中に、暇を持て余して河川敷の草原で寝そべっていると、誰かが話しかけてきた。


同じ学科の同級生、沢木葵さわきあおいだ。彼女は、僕と同じ文学部に所属していて、大学の講義でよく見かけることがある。実際に話したのは今回が初めてだ。


彼女は僕とは違って、明るくて、周りに人が溢れている。信頼感もあって、簡単に言ってしまえば人気者だ。彼女はきっと、毎日が充実していて、夢や目標をしっかり持っていて、模範的な生き方をしているのだろう。僕なんかとは正反対だ、なんて愚かな考えをしてしまう。

そんな彼女に何故か、僕は話しかけられた。


「相馬くんだよね?相馬、泰聖たいせいくん。」

「えっ。」


僕は、彼女が自分のことを知ってくれているのだと、少し心が浮ついた。彼女に人望があるのは、こういう所が理由なのかもしれない。

そんなことを考えて、僕は、


「うん、そうだけど…僕の名前よく知ってたね。」

なんて、格好悪い返事をした。すると彼女はこう答えた。


「もちろんだよ!だって、同じ学科の仲間でしょ、覚えてるに決まってる。」


僕はいつだって蚊帳の外だった。仲間なんて、チームなんて、含まれたことは一度もなかった。クラスメイトにも、友達にも、家族にも。”仲間”という初めての感覚に、

僕は、嬉しい気持ちを隠すのに必死だった。


「そっか…えっと、沢木さんで合ってる?」

と、僕は照れる気持ちを隠すように、知らないふりをして続けた。


「そう!よろしくね!」

「うん、よろしく。」

これが、彼女との初めての会話だった。


その後、二人で大学近くの河川敷に座って、一時間くらい話した。お互いの出身地、家族の話、趣味などを語り合い、僕の知らない彼女を沢山知った。この時から、僕は、彼女に惹かれ始めていたのかもしれない。


日が沈みかけた頃、僕らは別れの挨拶をして、それぞれの岐路に立った。

蒸し暑さ感じる、風待月かぜまちづきのことだった。

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