第2話 それは「ぷるん」とでも効果音が付きそうな動きで揺れ、
◆
莉愛と2人で電車に乗って隣の駅で降りる。俺たちの最寄り駅はもう二つ先の駅になるのだが、ここが一番栄えていて映画館もある街なのだ。
「え、ホントに映画観るの?」
「うん。だってこれ超~アクションで4Dだと座席がすっごい揺れるらしいよ? 楽しそうじゃない?」
「奢らないぞ」
「あ、ダイジョーブ。貴史ママにさっきメッセしたら、貴史の奢りで良いよって」
「何がダイジョーブだよ!? ていうか勝手に
「私コーラ飲みたい。あ、アイスもいいなぁ」
「話を聞け! 奢りの内容を更に追加すんな!!」
莉愛はゲラゲラ笑っていた。
「……あーもう、ホント貴史をからかうの楽し~い」
からかってる自覚があったのか。コイツ最低だな。山田もなんでこんな女が好きなんだ。見た目は可愛いけど中身が最悪じゃないか。見た目は可愛いけど。
見た目だけで好きだってことなんだろうな。……じゃあ山田も最低だな。ちゃんと中身も込みで好きになってくれる相手じゃないと莉愛が可哀想じゃないか……
「何ブツブツ言ってるの?」
「わっ! な、なんでもない」
「貴史ってそういうとこキモイよねー」
「うるせー、悪かったなキモメガネで」
莉愛はキョトンとしたあと、笑いだした。
「あはっ、やっぱバレちゃった? 皆ひどいよね~。ま、私は裏でキモメガネって言ってないから!」
……面と向かってキモイと言うのと、裏でキモメガネ呼ばわりすることに果たして差はあるのか。
スマホで調べたら映画が始まるまで30分以上時間があった。それで俺は本屋に寄る。今月の科学雑誌は宇宙工学特集なのだ。これは抑えておかねば。
「あ~それ買うの? 貴史ってホント、星とか宇宙とか好きだよね」
「だってロマンだろ。夜空に煌めく光の数だけ星があって、そこには地球とは別の生命がいるかもしれないんだぞ」
「あははっ、ロマンねぇ。……そんなもんじゃないと思うけど」
莉愛はシラけた感じで言う。くそ、馬鹿にしやがって。
「じゃあついでに、本当にロマンが無いもんも見に行こうぜ」
「え? 何?」
「参考書コーナー」
「うぇっ、私たちまだ高2だよ?」
「もう高2だろ。そろそろ真面目に考えないと。ほら、コレとか莉愛にオススメだぞ」
「あっ、電話鳴ってるかも! 私先に出てるね~」
莉愛はどう見ても鳴動していないスマホを手に退散して本屋を出ていく。フッ、勝ったな。
ちょっと重さのある分厚い参考書と科学雑誌を手に俺はレジに向かう。会計を済ませ、それをリュックに入れた時に日常を破る声が聞こえた。悲鳴だ。
「キャアーーーー!!」
「誰か! 警察を呼べ!」
「おいどけ!」
さっきの教室のざわめきやどよめきとは全く違う、飲み込まれそうな音の大波にただ事ではない何かが起きたのだと直感でわかる。
本屋に逃げ込んでくる数人とすれ違いながら外に飛び出すと50メートルくらい先に少し猫背の男がいた。その向こうには……あのぼろ雑巾のように通路にうずくまっている幾つかのものは、人か……!?
猫背の男の手元が、午後の光を浴びてギラと光った。
「ひっ、キャアアアア!!」
「通り魔だ! 逃げろぉ!」
悲鳴をあげながら逃げ惑う人々に突き飛ばされ、一人取り残された子がいる。長い黒髪に制服姿の女子だ。恐怖のためか動きが
「莉愛!! バカ、逃げろ!」
人波に逆らって走り出すが、元々体力に自信の無い俺は死に物狂いで逃げている人達の勢いにはね飛ばされ、たった50メートルの距離を思うように進めない。せめてもの盾代わりにとリュックを前に抱えて走る。だが間に合わない。通り魔は莉愛の前で刃物を振りかぶった。
「!!」
漫画なんかだとヒュッとかバッとか音がするもんだが、実際は無音だ。その代わり周りからドッと歓声のような悲鳴のような声が上がる。莉愛が斬られたからだ。
斜め上方からの袈裟斬りだとハッキリとわかる。その瞬間、俺は目を見張っていたんだと思う。これ以上無いくらいに視界が開けて、万物がゆっくりとスローモーションの様に見えていた。だが、不思議な事に通り魔も目を見張った。
莉愛に向かって何を言ってるのかわからない叫びをあげながら、やつが振り下ろした手首を返し横に薙ぐ。
「!!」
莉愛が二度斬られた直後に俺はやっと二人の所へ辿り付き、そのまま走り続けリュックを通り魔に押し付けるようにタックルをした。
「ぐあっ」
通り魔もろとも地面に倒れ、ゴッという嫌なにぶい音と地面を擦るズシャアアという音がした。膝や手がビリビリ痺れるように痛むのをこらえ、急いで立ち上がると、他の大人達が数人がかりで倒れた通り魔を取り抑えている。俺は倒れている莉愛に駆け寄った。
「莉愛、莉愛! しっかりしろ…………え?」
莉愛の服は斜め十字に切り裂かれ、その切り口には血が滲んでいる。その下の剥き出しの肌に俺は目が釘付けになった。
莉愛の胸からお腹にかけての、白くなめらかな肌に十字に切れ込みが入っている。だが血は一滴も出ていない。俺が呆然と見ている間にそれは「ぷるん」とでも効果音が付きそうな動きで揺れ、くっつき……そして切れ込みはスーッと消えていった。
「あはっ、バレちゃった?」
莉愛は恥ずかしいものでも見られた様に小さく呟いた。
◆
そこからは勿論映画どころじゃない。俺達は警察に連れていかれ、簡単な事情聴取を受けた。そこで莉愛は通り魔の攻撃を運良く
なんだそれ、漫画やラノベじゃあるまいしそんなカッコいいこと武芸の達人でも出来るかよ。でもまあ、実際に服だけ斬られて身体は無傷(服についた血は、凶器に既についていた返り血)だったんだから警察側も納得せざるを得ない。俺だってアレを見てなけりゃ信じたかもしれないしな。
「貴史!! 莉愛ちゃん!!」
うちの母親がドタバタと走ってきた。その後ろに莉愛の両親もいる。
「アンタ無茶して……ッ! 2人ともよく無事だったわね」
「まあ、俺の方は無事じゃないけど」
そう言ってタックルした時に擦りむいた掌や膝を見せたら母さんに泣きながら怒られた。何故だ。解せん。
両親の迎えが来たので俺達は帰って良いと言われた。
「貴史くん」
莉愛の父親……昔は気軽におじさんって読んでた……に声をかけられる。この人カッコいいんだよな。イケオジ? ってやつだろう。でも背が高いから上から見下ろされるように言われるとちょっと怖い。
「あ……はい」
「莉愛を守ってくれてありがとう。お礼の言いようもない」
おじさんは長い身体を折って礼を言う。俺はなんだかビクビクして「あ、いや、そんな」みたいなことを口の中でモゴモゴ呟いているが、おじさんは全然頭を上げてくれない。そのまま、重い声で質問される。
「ところで君、莉愛の身体を見たかね?」
「ふぇっ?」
「見たね? うちの大事な娘の、裸を見たんだね?」
――――――――あ、すっげえ嫌な予感がする。
「パパ、私ばっちり胸とお腹を見られちゃったの。もうお嫁に行けない~」
莉愛が横から言う。おい、お前言っていい事と悪いことがあるぞ!! それは洒落にならな……
「そうか。じゃあ責任を取ってもらわないとな」
おじさんが笑顔のまま俺の両肩をガシッと掴んだ。怖い怖い怖い怖い。俺、通り魔じゃなくておじさんに殺されそうなんだけど?
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