第45話 かつて皆はひとつだった

「どうすればこの木を止められる?ティランノス」

 絶望的な状況なのに私の頭は冷静だった。ティランノスの側に駆け寄りながら問いかける。木の枝から解放されたティランノスも私の元に走って来た。

「……この木の養分を別の若い木に移す。そうすれば、成長は止まるはずだ」

「すごい……。そんなことができるんだ!さすが『祭祀長さいしちょう』だね!」

 私はボロボロになった手を叩いた後で痛みで顔をしかめる。その様子を見逃さなかったティランノスがしかる。

「馬鹿!怪我してるのにそんなことすんな!」

「ごめん」

 思わず肩をすくめた。

「エドガーさんは無事かな……。この木はエドガーさんを生贄に地上と繋がろうとしてるんだよね?」

 私の呟きにティランノスがため息をいた。

「ああ、そうだ……。というかお前、あいつのこと許すのかよ」

 ねたような、子供っぽい言動に私は少しだけ可笑しく思ったし、いつものティランノスで安心する。

「許すのとは違うけど……ちゃんと反省してもらいたいって思ってる。それに目の前で危険な目に遭ってたら誰であっても助けたいって思うよ」

 私の決意を固めた表情を見てティランノスがにいっと笑った。

「俺も本意じゃないけど、あの男を助けなきゃいけねえ……。そこで『冒険家』に頼みたい。俺が準備している間、この暴走した大木たいぼくをどうにかして防いでくれ!」

 ティランノスに冒険家と呼ばれ、私の口角こうかくが自然と上がる。世界が壊れるかもしれない、嘘みたいな現実を前に私は何でもできる気がした。

「分かった!」

 ティランノスと背中を向けあうと、私は目の前に揺らめく木のかぎ爪に向かい合う。

 足元に手を当て、祈りを捧げるティランノス。眉間にしわを寄せている。

 今の私なら分かる。ティランノスが自然に呼びかけているのが。そのことが分かるのが不思議で、でも嬉しかった。

 何度も木のつめが襲い掛かって来たけど、私が意識すれば赤茶色の木は助けてくれた。本当のところ、私はへとへとだった。

 それでも私が立ち向かっていけるのは……私の側にティランノスとお父さんがいるからだ。お腹の底から勇気が湧いて来る。

「ライリー!行くぞ!」

 背中から声を掛けられ、ティランノスが手を伸ばす。

「うん!」

 私の傷だらけの手をティランノスがしっかりと握り返した。何をするのかと思ったら、ティランノスはそのまま私と一緒に大木の舞台から飛び降りたのだ!

「ちょっと待った……ってわあーっ!」

 悲鳴のような、歓声のような声を上げながら私は地面に落ちていく。このままだと確実に地面に叩きつけられて、大怪我をしてしまう。それなのに怖くなかった。隣にティランノスがいれば何とかなるだろうという気持ちがあったからだ。それに……小さい頃、木に登って飛び降りたことがある。その時と同じ、ワクワク感が私を包み込んでくれていた。

「見てみろライリー!」

 落ちながらティランノスは悪戯いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる。

 指を差した先に思いがけない光景が目に映った。

「白い木が……木の館を飲み込んでる?」

 急速に地面から生えてきた白い木が焦げ茶色の木を飲み込むようにその表皮を包み込んでいく。天高く伸びていた大木は天井に伸ばしていた枝が力を失ったようにれていくのが見えた。

 その光景が、朝の柔らかい光に照らして目がくらんだ。森の先にオパールのような光のつぶまとった海が見える。

 落下していると自分の体重がどこかに消し飛んだように感じた。私は目を見開いて美しく壮大な光景を目に焼き付ける。


 かつて大地はひとつだった。大陸移動の際、パゲアは地下に潜り地上と分かれたのだ。

 かつて皆はひとつだった。

 大地だけじゃない。自然も海も空も……。ずっと昔はみんな繋がっていたのかもしれない。

 

「オズウェルがライリーを守ったように、父さんが俺の祈りに答えてくれた……。パゲアを守ったんだ」

 ティランノスの言葉に、壮大な何かに魅せられていた私ははっと我に返る。

 そうか。この白い木は……ティランノスのお父さんの魂の現れだったんだと遅れて気が付いた。


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