第44話 真実と代償

「ライリー!」

 ティランノスの叫び声と共に、銃弾は私に届く前につたを生やし、美しい赤色の花を咲かせた。私の目の前で甘いみつの香りがただよう。

「何故だ……。何故、自然の声を聞かなくなり破壊の限りを尽くすようになった自然が地上の子供に手を貸す?何故……」

 エドガーさんが失望した顔でその場に座り込んだ。手から落とした銃の内側から草が伸び、やはり使い物にならなくなってしまう。

 言われてみればそうだ。どうして自然は私のことをこんなにも助けてくれるのか……。先ほどから不思議でたまらなかった。

「オズウェルだ」

 ティランノスの呟きに私とエドガーさんが同時に顔を上げる。

「パゲアでは死んだ者は自然に戻り、ヒトを見守ると言われている……。恐らくオズウェルの魂が地上の子であるライリーを助けてるんだ」

「お父さんが……私を?」

 私は自分の足元から生える赤茶色の小枝を見下ろした。よく見れば、他の木とは異なる色合いをしていた。お父さんと私の髪色と同じ色なのだと気が付く。

 思えば、ここに来るまで不思議な自然の力に助けられてきた。

 あの魚の大群も。クジラの道に乗れたことも。無事にパゲアに船と共に打ち上げられていたのも……。

 全部偶然なんかじゃなかった。

「私……今までずっとお父さんと冒険に出てたんだ……!」

 ひとつの答えに辿り着き、私の心に心地い潮風しおかぜが吹き抜ける。

「オズウェルが……?馬鹿げてる。だからどうしたっていうんだ。もう儀式は終わったも同然だ!あとは祭祀長の命を捧げてそれで終わる!」

 そう言ってエドガーさんがティランノスの方を見た。焦げ茶色の木の根が足元に巻き付いたティランノスに、あの獣の爪のような枝が迫る。

「ティランノス!」

 どうしよう……。あの壁画のようなことが再現されようとしてる。

 私の声と共にティランノスの足元から美しい白い枝が伸び、鋭利な枝をはじいた。

「自然よ……一度でも役目を放棄してしまったこと。深くお詫び申し上げる。どうか私の弱さを許して欲しい。私は……パゲアの祭祀長だ。これからもヒトと自然を繋ぐ!」

 さっきまで途方に暮れ、座り込んでいたティランノスとは大違いだ。顔にかかっていたベールを取った。ベールは風に乗ってしらみ始めた空に消える。

 私は頼もしいティランノスの姿を見て思わず口角を上げた。

 悔しそうな表情を浮かべるエドガーさんの元に焦げ茶色の根が近づくのが見える。右腕を赤茶色の木の枝に固定されているせいで逃げることができない。

「何だ……やめろ!儀式の犠牲になるのは祭祀長のはずだ……」

 恐怖で引きった顔のまま、エドガーさんは沢山伸びてきた焦げ茶色の木の枝に飲み込まれてしまう。

「え……?儀式は中断されたんじゃないの?」

 私が呆然としているとティランノスが掠れた声で答える。

「儀式はまだ続いていたんだ……。犠牲となるヒトの命が捧げられて初めて完成する。このままじゃ……パゲアも地上も危ない」

 地響きがして四方八方に伸びていた木の幹たちが天井を目指して伸び始めたのだ。私は近くなった空を見つめる。

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