第42話 歪み

「そもそも何故、地上とまじわることなかったパゲアが島として姿を現したと思う?」

 エドガーさんに問われて私は固まった。あの壁画が儀式について描かれているということは……。

 私は驚きの事実に目を見開き、息をんだ。

「過去に儀式を行った祭祀長がいた……」

 現在のパゲアは空間が歪んで地下にあるはずなのに地上の島として姿を現している。それは過去、パゲアの祭祀長が儀式を行ったからだ。

「その通り。儀式は途中だったんだ。だから今、完成させる!祭祀長君だって納得してくれたしね」

 今、何て言った?ティランノスが納得してるってどういうこと?得意げなエドガーさんの表情に私の心が波立つ。

「どういうこと?ティランノス……」

 私の問いにティランノスが視線を落とす。ベールのせいでティランノスの表情が陰って見えた。

「俺は……。世界を見たい」

 振り絞るように出された声に胸が締め付けられた。

「パゲアだけ隔絶された世界にいて……。俺は自然の声を聞くパゲアの住民、祭祀長という役目から逃れることはできない。それが……嫌になったんだ」

 ティランノスの心からの声に私は何も言い返せない。泉の映像で小さなティランノスが「冒険に出たい」と言った言葉が思い出される。

「地上の奴は知らないと思うけどずっと自然の怒りに触れるのは……しんどいことなんだ。俺はもうずっと地上の自然の怒りの声を聞き続けてる」

 疲れ切った表情で言う。

 私は一瞬だけ流れ込んできた感情の波を思い出す。あれが自然の声だとして、毎日それもたくさんの声がティランノスに流れ込んできたのだとしたら……。

 それは相当辛いことかもしれない。

「祭祀長の命と引き換えに世界が繋がるのは知ってる。島の人達が人質ひとじちに取られている今、俺はこの男の言う通りにするしかない。ついでに命を落とすほんの一瞬だけでも別の世界を見られるならそれも良いと思った……」

 私は木のささくれで傷だらけになった手を力いっぱいに握った。

「パゲアの人達は、もう大丈夫だよ。……自然が力を貸してくれて海賊の中にも協力してくれる人がいたから」

 私の声にティランノスが顔を上げる。それとは対照的にエドガーさんの顔が歪んでいく。

「だから……儀式は辞めよう!私はパゲアも私の世界も壊したくないの!」

 孤独なティランノスの心に届くか分からないけど、私は精一杯声を上げた。

「ティランノスは儀式なんかに頼らなくても生きて冒険できる!絶対に!それにティランノスだって「辛いって」パゲアの人達に言っていいんだよ!今みたいに誰かに自然の声を聞き続けるのは辛いんだって話してよ!」

 半分叫ぶような私の声にティランノスの体が固まる。

「冒険家はね……どんなに辛くても無謀だと思われることも……最後の一瞬まで諦めないんだよ!」

 かつてお父さんが言っていた言葉を私の声で、言葉で言い放つ。腹の底から震えあがるような言葉にティランノスの飴色あめいろの瞳が輝いたように見えた。

「今更何を。もうここまで木が成長したんだ。手遅れなんだよ!ライリー大人しくここから立ち去れ!」

 エドガーさんの荒っぽい言葉が響く。それでも私はめげずにティランノスの元に駆け寄ろうとした時だった。

「駄目だ!ライリー!こっちは……危険だ!」

 ティランノスの声と共に鋭利な木の枝がこちらに向かって伸びてきたのだ。獣のかぎ爪のようなものが私の目の前に迫る。

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