第40話 命懸けの木登り

「全然……先が見えない」

 どれくらい登って来ただろうか。建物4階分ぐらいのところまでは来た気がする。

 汗は流れるし、手はすでに木のささくれで傷だらけになっていた。

 それでも行くんだ。あの儀式のせいでティランノスが壁画のように死んでしまったら……!

「そんなこと、させない!」

 ぶっきらぼうだけど、誰よりも優しいティランノスを思い出す。

 私のことを庇ってくれた、パゲアの人達のために一人犠牲になろうとしている……。大きな責任と孤独を抱えた少年を私は救いたい。

 頭と体全体の力を働かせて、少しずつ木を登る。

 一瞬だけ下を見た時に、小さな恐怖が襲う。一度気が付いた恐怖は心に大きく広がって行って私を弱虫にさせる。

 私は命綱いのちづなを付けていない。少しでも判断を誤って落ちたりでもしたら……。

 失敗した時のことを考えるな!ただ上に登ることだけを考えればいい。

 私は無理やり恐怖を振り払うと、再び木を見上げた。登っている間にも木はぐんぐんと成長しているのを感じる。しがみついている木からかすかな振動と息遣いを感じるのだ。

 もっと速く登らないと。このままじゃ……ずっと頂上に辿りつかない!

 私は唇を噛み締めると再び体全体を動かし始めた。素早く手を引っかけるポイント、足を乗せる場所を判断していく。

 突然焦ったのがいけなかった。

 私はえだをつかみ損ね、体のバランスを大きく崩してしまった。そのまま体が強く下に引っ張られるような感覚に襲われる。

「あっ……」

 頭の中が真っ白になる。全てがスローモーションになった気がして、思わず目をつぶった。

 全身に力を入れることでこれから襲ってくるであろう痛みと、恐怖に備える。


「諦めるな!」


 どこからか懐かしい声が聞こえて、目を開ける。……お父さんの声だ!

 私は地面に引き寄せられる感覚を感じながら木の幹に切り傷だらけの手を伸ばす。そのすぐあと、不思議なことが起こった。赤茶色をした木の枝が伸び、私の腕をしっかりと掴んだのだ。

 間違いなく自然が助けてくれたのに何故か私はお父さんが助けてくれたと思った。巻き付いた木の枝は差し出された手のようにも見える。

 恐怖がどこかへ吹き飛んだ。

「……よっし!」

 私は一人、気合を入れ直すと再び木にしがみつく。そして一か八か。木の幹に手を当てて、ヴェロさんのように力を貸してもらおうとしてみる。

「お願い……。ティランノスとパゲアを助けたいんだ」

 木の幹に当てた手からピリッと電流なものが流れる。同時に心の中……正確には頭の中かもしれないけど不思議な感情が湧き上がって来た。まるで映画を観ている時の私みたいに色んな感情が流れ込んでくる。


 悲しい、許せない、怖い、嬉しい、楽しい。


 私が不思議な出来事に呆然としていると、振動と共に足元に太いしっかりとしたみきが現れた。そのお陰で足場がしっかりとし、私の体が支えられる。

「わあ……!」

 目の前の光景に思わず声を上げる。

 等間隔にしっかりとした木の幹が生え、まるで螺旋階段のようにそれらが天井に続いていたのだ。しがみついて登っていくよりもこの木の階段を駆け上がっていく方が何倍も安全で楽になる。

 私は前進に痛みを感じながらも一段、一段。確実に木の階段を駆け上がっていった。

 自然は私に協力してくれたのだ。一瞬だけでも自然と通じ合えたことに私は感動する。

「ありがとう……。私、ティランノスもパゲアも貴方達も守るから」

 自然達に私の言葉が通じたかは分からない。だけどお礼を言わずにはいられなかった。





 

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