第36話 もの言わぬ目撃者(2)

 再び波紋が映像を掻き消し、新たに浜辺はまべの光景が映し出される。この浜は私が流れ着いたパゲアの浜だ。パゲアの人達が見送りに並んでいる。

「もう行っちゃうのか?」

 悲しそうなティランノスの頭をお父さんが豪快に掻き混ぜる。

「そんな顔するなよ!いいか、ティランノス。これだけは言っておく。心だけはいつも自由にしておくんだぞ」

「何だよ、それ……」

 ティランノスは理解できないというように首を傾げた。それでも口の端を伸ばして嬉しそうな表情を浮かべる。そんな2人の後ろから、ティランノスのお父さんが駆け寄って来た。

「オズウェル!これを」

 そう言って手渡したのは2組の黒い球状のネックレスだった。私は思わず自分の胸元に視線を落とす。

 私が今身につけている、ネックレスだ。

「今度娘と来るときに持って来ると良い。次に地上と繋がるのは……7年後だ。お前達を必ずパゲアに導くだろう」

「ふうん。変わった石だな……。有難く受け取っておくよ」

 そう言ってお父さんはオズウェル号に乗り込むとパゲアの人達に大きく手を振った。


「話が違う!」

 怒声に合わせるように、泉の水面が激しく揺れる。

 今度浮かび上がって来たのはどこかの海上だった。オズウェル号と少し大きめの船が見える。

「話が違うのはこっちの方だ。俺はパゲアから手を引くべきだと思ってる。地上の人間が足を踏み入れていい場所じゃない。それに、パゲア周辺の空間の歪みも解明できてないんだ。深入りするのは危険だろう」

「それでもだ!我々には時間がない。新たな資源を見つけなければ、我々は平和に暮らしていけなくなるんだ。限られた資源を巡って争いが起こるのは目に見えてる!」

「それがパゲアの人達の平和を踏みにじることになってもか?」

 言い争いの相手がエドガーさんであることはすぐに分かった。今よりも少し若い。オズウェル号の横にエドガーさんの船が停められ、それぞれ船のデッキに出て会話をしている。エドガーさんの近くにはサメの刺青いれずみをした男……恐らくシャークの者達らしき人影が数名、見えた。

「発展に犠牲はつきものだ。今までずっとそうだっただろう?何を今更躊躇うことがある?先人たちにだけ許されて、私達に許されないことはないだろう?」

「お前、それ本気で言ってるのか?」

 今まで見たことのない2人の喧嘩に私は思わず息を止めた。

「何のためにお前は冒険してるんだ?……人類の発展のためだろう?分かったら私の言う通りにするんだ……」

 そう言って控えていた海賊たちが銃口をお父さんに向けた。

 私の心臓の鼓動が速まる。

「そうだ。お前も研究室じゃなくて俺と冒険に出ればよかったんだ……」

 お父さんはそう呟くと、銃口から逃れるようにオズウェル号から飛び降りた。私はその後の光景を見たくなくて、目をつぶる。後から銃声が聞こえて、エドガーさんの声が遠くに聞こえた。

「……急いでここから離れるんだ。船も移動させろ!……急げ」


 泉の映像が消え、再び私は暗闇の洞窟に取り残される。そこで私はあることに気が付いた。

 海は見ていた。木々は見ていた。風は聞いていた……。冒険家オズウェルが消えた一連の出来事を。

 今こうして私に伝えてくれたのだ。

「教えてくれて、ありがとう……」

 私も少しだけ自然と心が通じ合えたような、そんな気がする。そう考えると涙が滲んで、鼻がぐずぐずすし始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る