第21話 地上の者

 私は試しに、ヴェロさんのようにやかたの壁……木に向かって手をかざす。

 もしかしたら木の枝が伸びてきて、足場あしばを作ってくれるかもしれないと思ったから。残念ながら、壁はうんともすんとも言わなかった。

「駄目か―」

 私はがっくりと肩を落とした。自然と通じ合えないことがなんだか寂しく思える。仕方なく木登りならぬ木下きくだりを始めた。

 窓枠まどわくに手をかけながら慎重に足場を探っていく。

 木登りというのは頭と体、両方を使う遊びだと思う。自分の力を支える力だけではない。瞬時に安全な足場を見抜くための判断が必要になってくるから。

 私は飛び降りても問題ない高さまでくると木の枝に両手でつかまり、勢いをつけて地面に着地した。

 改めてパゲア島内を見渡し、見上げて観察する。海上で見たように、島の大部分は木に覆われていた。島の中心部だけ切り開かれ、人々の生活する空間となっているようだ。

「あれは……水飲み場だよね」

 私は茂みからしばらくパゲアの集落を見渡す。

 普通水といえば地下水を想像するけどパゲアでは巨大な樹木から流れ出ていた。その木の足元にはほりられ、水がまるような仕組みになっているようだ。男性や女性がつぼに水をんでいるのが見えた。

 同じ水飲み場から鹿や鳥が水を飲んでいた。微笑ほほえましい光景だ。

 木の館ほどではないもののパゲアには樹齢じゅれい何百年……いや何千年もの木を何本も見かける。

 樹齢というのは木が生きてきた年数のことで、木の幹の太さで分かるのだ。大人が数名手を繋いで囲めるぐらいに巨大なので、とてつもなく長生きだいうことが分かる。

 お店は見当たらないし、貨幣交換をしている所も見かけない。ということは島の人達全員で協力して生活しているのだろう。

 木材を取る方法がまた面白かった。女性が木の前で手を合わせただけで、バラバラと木の枝が降って来るのだ。そしてその後で女性は地面に頭を付け、大事そうに木の枝を抱える。

 言葉にできないけど、私はその光景がとても素敵だなと思った。

 その後で石造りの家の前で楽しそうに話をする子達を見つけ、私は声を掛けることにする。

 色んな人と話してその土地の事を知ることは冒険家の基本となる行動だ。子供達も顔にペイントをほどこしていた。

「こんにちは!少し話しても大丈夫かな?」

 たちまち二人の子供達は笑顔を引っ込め、私と距離を取った。

「地上の子がいる!」

「館から逃げ出してきたんだ!だれかー!ここに地上の子がいる!」

 まるで監獄から悪人が逃げ出したような反応に私は呆然ぼうぜんとする。パゲアの人達が外から来る人を警戒しているのは上陸した時から分かっていたけど、いざ面と向かって恐れられるとショックが大きい。

「待って!どうしてそんなに私……外から来た人を嫌うの?私は何もしてない!」

 私の言葉に子供達が立ち止まる。

「あいつ、全然分かってないよ。自分の置かれている状況が」

「自分達であれだけ自然を破壊しておいて、他人事ひとごとなんだもんな」

 憎しみの籠った目を向けられ、私はたじろいだ。スクールにいた時の煙たがられるような視線とは違う。明確な敵意、憎しみを感じさせるものだった。私は心臓が鷲掴わしづかみにされるような、苦しさを感じる。

「早く捕まえてもらって、らしめよう!」

「そうだ!ついでに地上に住む奴らの見せしめにすればいいんだよ。そうすれば死んだ先代えんだい祭祀長さいしちょうだって喜ぶはずだ」

 子供達の恐ろしい発言を聞いて、私は自然と森に向かって駆け出していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る