少年祭祀長ティランノス

第16話 上陸

「……っ!」

 私は急激に空気を取り込んだせいで大きく咳き込んだ。同時に胸元にネックレスのモチーフが落ちてきて鈍い痛みを感じる。

 一体何が起きたのか。私は視線を横にやって背中に当たるものの存在を確認する。

「クジラ?」

 どうやら私は巨大なクジラの背に乗せられているらしい。少し離れた鼻の穴からフシュ―ッと勢いよく空気が吐き出される。同時に、私の体にもクジラの呼吸する振動が伝わってくる。

 海水を吐き出していると思われがちだが、これはクジラの呼気こきで、水蒸気なのだと本で読んだ気がする。

 な溺れた恐怖から解放されたせいか、私は豆知識を思い出すとともに急激な眠気に襲われた。

 最近まで海賊たちが背後にいて心身ともに疲れていたのと、溺れかけたせいだろう。クジラが海に潜ったら危ないのに、私は眠気に抗うことができなかった。

 クジラ達の鳴き声が子守歌のように響いて、私はとうとう瞼を閉じた。


「……おかしい、そんなはずない」

 ぼそぼそと話す声が聞こえて私は瞼を開ける。口元や顔にざらざらした感覚を感じて、不快感に思わず顔をしかめた。

 砂浜から少し離れたところにぼんやりと人が立っているのが分かった。長い髪に細長いシルエットが見える。

「いてて……」

 いつの間にか島の浜辺に打ち上げられたらしい。体の所々に痛みを感じながらもゆっくりと体を起こす。まだ頭が重い。

「動いた!……生きてる!」

 高くも低くもない声が少しだけ遠ざかる。私は手を伸ばして声を上げた。

「あの……待っ……」

 久しぶりに声を出したせいで激しく咳き込んで、また目の前が暗くなってしまう。そのまま力尽きて砂浜に突っ伏してしまった。



 次に目を覚ました時、私は動くことができなかった。

 後ろ手に縛られ、足も逃げられないように紐……細い木の枝が絡まっていた。よく見るとその木の枝は地面に繋がっている。

「え?何これ?」

 ぼんやりとする視界がだんだんとはっきり見えてきて、見知らぬ人達の厳しい視線にさらされていることに気が付く。

 私を怪しい目で見て来るのは今までに会ったことのない、珍しい出で立ちの人達だった。皆、陶器のように肌の色が白い。少しだけ日焼けしているひともいたが、私が一番日に焼けていた。島で生活しているというのに……何だか不思議だ。

 顔には不思議なペイントを施している。腕や足にも幾何学模様が描かれていた。図鑑で見た古代の人々のような、大きな布を体に巻き付けたような衣服を身に着けている。

 物語の世界に迷い込んでしまったかのようだと思ったけれど、鈍い体中の痛みから現実にいるのだと思い知らされた。

「地上の人間とはいえまだ子供だ」

 浜辺で聞いた、あの声が近くから聞こえる。

「我々に何の危害もないだろう。拘束を外し、時を見て地上に帰そう」

 私は声の主を見て息を呑んだ。

 金と銀が合わさったような、不思議な色合いの長い髪をなびかせていた。他の人とは異なる顔のペイントに、首や手首には貝だろうか……白い何かを組み合わせたアクセサリーを身に着けている。

 背格好は私とそう変わらないのに、大人の風格が漂う。それだけじゃない。只者ではないオーラを感じた。

 透き通った飴色あめいろの瞳が神秘的で、なんて綺麗な子なんだろうと思った。





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