第15話 黒い道

 もしかして、夢をかなえると言うことは何か失うことではないのか。私は操縦席にしがみつきながらそんなことを考えていた。

 今まで必死で、夢中で失うものがあるなんて考えたことも無かった。夢をかなえることは、沢山の物を手にすることだと思ってた。

 私の夢の為に、ユジさんの夢が犠牲になるなんて……嫌だ。私は唇を噛み締めながらハンドルとレバーを握る。

 ソナーもレーダーもGPSも使えない。私以外、誰もいない。それでも私は目の前にそびえたつパゲア島に進む。

 船が大きく揺れて、少しでも気を抜けば転覆してしまいそうだ。船は前進するもすぐに後ろに押し流されてしまう。

 引き潮のせいだけじゃない。島に近づくものを離すような海流が流れているのだ。離岸流りがんりゅうというより離島流りとうりゅうという方がしっくりくる。

 私は……パゲア島も、ユジさんも諦めたくない!

 心に強く願った時だった。胸元で何かがきらめいて、思わず目を閉じる。それがおくれてお父さんからもらったネックレスだと気が付いた。

 同時に背後から水しぶきが上がる音を聞く。ソナーが使い物にならない今、直感で分かった。正確には肌から感じ取る気配、海から船から伝わってくる振動で。

 海からたくさんのがこっちにやって来る。

 離島流をもろともせず、悠然ゆうぜんと泳いでくる生き物。

 それは……クジラの群れだった。複数のクジラが激しい水しぶきを上げて島に向かって泳ぐ。

 これだけ巨大な生き物が近くにいたというのにソナーが反応しなかったのが不思議だった。手品てじなのように突然姿を現したようだ。

 その様子はまるで……

「黒い……道」

 お父さんの手記に書いてあった『黒い道』。それはこのクジラ達が作り出す道だったのだ。

「うわっ!」

 ついに私は大波に負けて、船のバランスを崩してしまう。盛大に床に転がった。急いでハンドルを取ろうとするも、立ち上がれない。

 そのまま船は容赦なく大波にのまれた。

 冷たい海水が包みこむ。

 私は船から投げ出され、海面にかろうじて顔を出した状態でいた。息を吸うも、すぐに大波がやってきて息をすることもままならない。泳ぐのも好きで得意だけど、こんなに海が暴れていたんじゃあうまく泳げない。

 さっきまで自分の体の一部だった船から引き離されて、私の胸が不安に染まる。

 目にも鼻にも口にも海水が入ってきて、パニックになった。つかまる場所を探すこともできない。

 私は徐々じょじょに息苦しくなった。もがくほどにどんどん海面が離れていく。

 ああ、私ってこんな風に死ぬんだ……。まだ、島にすら辿り着いてない。お父さんにも会えてないのに……。

 色んな人に冒険家になるんだ!と熱心に言って冒険に出たのに、こんなことになるなんてカッコ悪いな……。


『冒険家はどんなに辛くとも、無謀だと思われようとも最後の一瞬まで諦めないんだ!』


 お父さんが楽しそうに冒険譚ぼうけんたんを話しているのを思い出して、私は再び目を開けた。

 そうだ……私は冒険家だ。どんな状況になっても諦める訳にはいかない!もう一度海面に向かって手を伸ばした。

 ネックレスが水の中で私の目の前にただよい、再び輝く。

 次の瞬間、何かが私の背中を海面に向かってきあげた。

 

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