第46話突然の天国
突然だが『天国のような……』と言われた場合、皆さんはどのようなものを想像するだろうか?
天使が乱れ飛ぶ雲上の霊峰?
色とりどりの美しい花々が咲き乱れる庭園?
それとも愛知県名古屋市のような煌びやかな近代都市?
残念ながら事実とは違う。
事実という言い方は少しおかしいかもしれないが、聖典が大いに伝えるところでは、天国に笑い声は存在しないらしい。
仮に笑っていたとしても、顔面の筋肉がひきつりあがって作るニセ笑顔以外のものは存在しないのだ。
より正確を期すならば、天国には激しい怒りや悲しみ、それから喜びといった劇的な感情がない、という表現になるだろう。
平たく言えば喜怒哀楽すべてが欠落している世界だということだ。
そこにあるのはただただ純白の光が提供する安らかさと穏やかさだけであり、一切の負の要素が存在しないのである。
正直なところを言えば、それは天国というよりも無機質で無感動な病室のような印象を受けるかもしれない。
想像してみよう。
真っ白い光の下で、しわだらけの老人が穏やかな顔で微笑んでいる。
……それが天国だ。
そして、その傍らにはやはり安らかな顔をした老人がいる。
さらに持ってけ泥棒!二人の周囲には、やはり朗らかな顔をした老人たちが手をつなぎ、一つ輪になって踊っているのだ。
これが天国だ!
とにかく天国について本当はもっと色々言われているんだろうが、とりあえずそれで十分だ。……まあ、あまりよく知らないし、私としては行きたくもなんともないわけだが、とにかく良いところらしい。
しかし、なぜ唐突にこんなこと……こんなことというのは病室、いやさ天国についてなのだが、どうしてこんなことを考えているのかというと、それは私が今、天国を目の当たりにしているからだ。
……いや、正確に言うならば『天国のようなもの』を私は見ている。
「アズマーキラ、さっきから人の股ぐらを見て何をにちゃにちゃと笑っている」
「でーえへへへへっ」
私を冷たく見下ろす巨大な乳房、それを強調するかのように意地悪く歪んだ瞳。
そして、むっちりとした股の間でつやつやと花開く……それを隠しているはずの布が存在しない。
……そう、私は天国を見ているのだ。
すなわち結論はこうだ、現世においても天国は存在する。
世に伝わるそれとは違った形で!
そうだ。あの中では天使たちが輪になって踊り狂っているはずなのだ!
「にやにやするな!立て!」
「すでに立っております!」
「死にたいのか?」
「ハッ!カリエンテ様、申し訳ございません!天国について考えておりました!」
「天国……?いい心がけだ。今すぐ連れて行ってやろうか」
「ハッ!ありがとうございます!」
「立てと言っているのだ!この痴れ者め!」
「へけえっ!失礼いたしました!」
私の目の前にはとにかく巨大な女性がいる。
天女と見紛うばかりの美貌の持ち主で、背は高く、筋肉もパツパツしており半端なく大きいが、何より素晴らしいのは乳もデカいことだ。
そしてさらに持ってけ泥棒!
大きな桃がどんぶらことばかりに尻までデカい!
すなわち日本一の桃太郎!
それが美しく気高き戦士、その名もカリエンテ・ゼフィランサスなのだ。
「では、さっさと準備しろ」
「デヘヘェーッ!……しかし準備とは?」
「腹が減った。朝食を作れ」
「Yes,ma'am……しかし朝食とは?」
「……貴様、本気で死にたいのか?」
カリエンテは私をゴミを見るような目で見下ろしている。これ以上、おちゃらけていたら三枚におろされそうだ。
というかカリエンテが何を言っているのか分からなかったが、辛うじて聞き取れた単語から腹が減っていることを察することができた。
「朝食、朝食……失礼いたしました!た、直ちに準備いたします!」
「そうだ。早くしろ」
そこまで言うとカリエンテはくすぶる焚き火の前にどかりと座る。
カリエンテは朝起きてからすぐにトレーニングでもしていたのだろう、その筋肉は汗でうっすらと光って見えた。
昨晩のミチェリとの戦いの痕跡は包帯からわずかに滲む血液で察せるのみだ。
カリエンテといえば私は、昨日は踏み潰されかけたりしたし、まったくいい思い出がないが、それでも彼女のことを清らかな心を持った優しい人だと思っている。
……まあ、それはいいとして、全身が穴まるけになっていたにもかからわず、カリエンテのあの回復力は一体何なんだ?
私がかつて住んでいた元の世界、すなわち文明崩壊後の愛知県名古屋市も数々の怪奇現象で溢れていたが、カリエンテやミチェリはそれ以上に化け物じみている。
流石は異世界、私には予想もつかないことばかり起こるようだ。
「何をしている、アズマーキラ。さっさと支度をしろ」
「デヘヘェーッ!」
「まったく……」
私はいそいそと朝食の準備をはじめる。
といっても、大した準備はできない。何より食材が問題だ。
私が今持っている食い物と言えば、赤ん坊のゲロのような匂いを放つ保存食が少々。これではカリエンテが求める朝食にはほど遠いだろう。
川べりに釣りにでも行くか、それか野生のベリーでも採取するか、あるいは村の廃墟の床板をべりべりと剥がしてでも食材を調達してくるか……おっと!こんな激的な面白さばかりを提供していたら笑顔だけでお腹がいっぱいになってしまうな(笑)
「では行ってまいります!」
まあ、そんなことはどうでもいい。
とにかく行動、TODOだ!私はくるりと踵を返すと、廃墟に向かって走り出そうとした。
「アズマーキラ、俺も行こう」
「でへ?」
後ろを振り向くと老人がいた。
片腕に包帯を巻き、白髪交じりの薄汚い髭を生え散らかした汚らしい老人だ。
「おお!ローさん、腕の傷は大丈夫なのか?」
私にずだ袋を手渡しながら老人は肩をすくめる。
「ああ、なんとかな……片腕でもちんけな怪物くらいどうにか出来る。それに道案内が必要だろう」
「かたじけない!」
そう!このご老人は異世界で出会った私の命の恩人の一人である。
名前はロー・ジーン、しかし本名ではないらしく、昔は才能溢れる野心的な美男子だったらしいが、今は好意的に表現するならば仙人のような老いぼれだ。
まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
とにかく魔法を使えるというこの老人が同行してくれるというのなら、願ってもないことだ。
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