第47話地獄谷と神隠し
村は恐ろしい有り様だった。
至るところがボコボコと穴まるけになっており、文明の痕跡は何もない。
家屋の屋根はほとんどが切り裂かれたように崩れ、壁も吹き飛んでいるものがほとんどだ。
ここが異世界だと知らなければ、大分県に迷い込んだものだと勘違いしたっておかしくない。
……い、いや、冗談ではない。
これは恐ろしいことだ。もちろん大分県のことではない。
……い、いや『すべってころんでおおいたけん』という、その危険性を世に訴えるダジャレが世の中に流通するなど、大分県は恐ろしい土地として有名だという意見もあろうが、それは置いておこう。
恐ろしいことというのは魔法のことだ。
ミチェリの魔法により、わずか数十分の間に土地は完全に荒廃し、村一つが壊滅してしまった。
建物は根こそぎ破壊され、コミュニティを形成するはずの人々が消えた。
もちろん、私たちも危うく死にそうになった。
当然そんなことは現代兵器でも可能だろう。
しかし、実際に起こりうることとして目にしてみると戦慄を禁じ得ない。
何よりミチェリの魔法はほぼノーリスクに見えた。
その少女のような華奢な体をタングステン鋼以上の強度を持った超人的な肉体へと変え、機械のように大がかりでもなく、高熱を発するわけでもなく、電気や燃油などのこれといったコストもかからない。
……こんな力がもし手に入ったら、世界征服など容易いだろう。
そんなことを考えていると、ご老人が話しかけてきた。
「アズマーキラ」
「ん?どうしたローさん」
「あんたは朝っぱらからずいぶん元気だな……」
「デヘヘェーッ!ローの旦那ぁ、あっしは見たんでさあ、本当の天国ってもんをよお……」
「……な、なんか知らんが、あまり無理せん方がいいぞ」
包帯を巻いた片腕をかばいながら、老人は言う。
しかし私は別に元気でも無理をしているわけではない。
ただ全力で生きているだけなのだ!
「心配は無用だ爺さん!私はカリエンテ様より元気を分け与えてもらっているのだ!なんと言ってもおっぱいとお尻がこれもんだからな!これもん!」
「ぶわははは!」
両手でおっぱいを揉みしだく仕草をしてみせると、ご老人が大笑いする。
「まったく……あんたは本当におかしなやつだな」
「デヘヘェーッ!」
私は笑った。
しかしこれは俗にいうエロ笑いでもなければ、カリエンテに蹴り殺されるかもしれないという恐怖の笑いでもない。
生命の発露だ。私は今、生きているのだ。
「ところでご老人、その傷は大丈夫か?」
そう聞くと、ご老人は包帯を巻いた腕をさすりながら言う。
「ああ、大したことはない。痛みより痒みが強いくらいだ……だが俺なんかよりこの村の方がひどいもんだ」
「まったくだ」
老人は私を先導するようにしっかりとした足取りで歩いていく。
「しかし、村がまるまる一つ吹き飛んでしまうなど、俺の魔法などとは比べ物にならない破壊力だな……」
「ああ、魔女ってのはすごいもんだな」
老人は少し考え込んだように間を置くと、私に言う。
「なあアズマーキラよ……あんたはミチェリという魔女をどう思ってたんだ?」
「どうとは?」
「その……恐ろしいとか……あるいはかわいいとか……」
私はしばらく考えてから答える。
「……まあ、恐ろしいしかわいかったな。けど一番に思ったのは、気の毒だということだ」
老人は呟くように言う。
「……あんたがあの魔女と何を話していたかわからんが……」
「うん?」
「俺もあんたのように度胸があれば、今の自分とももう少しうまくやれたのかもしれんな」
「ローの旦那……」
「すまん、アズマーキラ、こっちだ。イモなんかを保存しておく倉庫があったはずだ」
老人が指差したのは瓦礫の山だった。
おそらく貯蔵庫の残骸だろう、よく見ればジャガイモのような野菜の破片があちこちに散らばっている。
「おお、これはいい!神に感謝!」
足元のイモの破片を拾い上げて観察を開始する。
それは私のよく知るジャガイモによく似ているものの、その断面はなんというか水分を失ったアロエの果肉のような見た目ですこしぶよぶよとしている。
「ローさん、これはどうやって食べるんだ?」
「ん?ああ……茹でるんだよ。それから丸ごとだ。難しい食い物でもない」
私は早速拾い上げたジャガもどきをずだ袋の中に放り込む。
そんな私を見ながらご老人は言った。
「なあ、アズマーキラ……」
「ん?どうしたローさん?」
「あんたやっぱり元の世界の……ナゴヤとやらに戻るつもりなのか?」
「ああ、そのつもりだったが今は違う。私が目指すものは争いのない子供たちが安心して歌って踊れる楽しい世界だ。それがミチェリちゃんとの約束だからな」
「そ、そうか……」
「とにかく村中のイモをかき集めよう!」
「いや、このイモは食うとやたら腹が張って苦しくなるからこれくらいでいいだろう。大体そこまでうまいもんでも……」
「何を言っているのだ爺さん!ぶわっと腹が膨れるくらいでなければダメだ!」
「おい、やめとけアズマーキラ。本当に腹が苦しくなるぞ」
私はご老人の制止を振り切って、ごろごろとジャガもどきを拾い上げていく。
もちろん私一人が食うだけならばこんな量は必要ない。
しかしカリエンテがいるのだ!スイカのようなおっぱいに、バレーボールのようなお尻を持つカリエンテがいるのだ!
「うおおーっ!おっぱいお尻!おっぱいお尻!はい!」
あの壮絶なスタイルと筋肉をささえるのには、相応の栄養素が必要だと私は思うのだ。それを思えばこんなイモ拾いなど何ほどでもない。
「ほら、あんたも拾うがいい!」
「あ、アズマーキラ、もういいって」
「何を言っているんだ!おっぱいを見たくはないのかご老人!」
そんなことを言っていると突然、後方からぷすぷすと空気が抜けるような音が聞こえてきた。
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