第45話あの子はかわいいオレンジ娘

「ローさん、一つ質問しても構わないか?」

「ん?」


「さっきあんたが言ったこと……魔女が哀れだとか、そんなことを言っただろう?」

「ああ、言ったな」

「過去に何かあったりしたのか?」


「……そうだな……あると言えばあるが……まあこの際、全部話すとするか」

「聞かせてくれ」


「実はな……」


老人は言葉を続ける、彼の話の内容はこうだ。


彼は昔、それなりに力のある魔法使いだったらしい。

たくさんの弟子を抱え、立派な屋敷に住み、宮廷に出入りすることも多く、人々から尊敬されるような偉大な人物だったそうだ。


だが、ある時、国と国が争いを始めた。


人々は武器を手に取り、血を流し合うことになった。それは周辺諸国を巻き込んだ大きな戦乱の時代の先駆けとなったという。

魔法使いだった彼も戦場に駆り出され、何とか生き残ったそうだ。


しかし、気がついた時には彼は全てを失っていた。

弟子も財産も地位も名誉も、そして人々の尊敬さえも、何もかも。


それから数十年の間、当てもなく彷徨ううちに老人はこの村に流れ着いたのだという。


「……うーむ」


私は老人の話を聞きながら、唸ってしまう。

いや、私が聞きたかったのは老人の半生とかではなくて、魔女に関する具体的な話なのだが……。


だが、老人は私の気持ちなどお構いなしといった感じで話を続ける。


「爺さん、あんた、俺の話を疑ってるみたいだな。だが、嘘じゃないぞ。俺は本当に魔法が使えるんだ」

「あ、ああ、も、もちろん信じているぞ!」


老人は完全に自分の思い出に浸ってしまっているようだ。

私は仕方なく、老人が昔語りをしている間、足元の石ころを拾っては蟻の目の前に置き、行く手を塞ぐなどして遊んでいた。


そうこうしていると、やがて老人は何かを決心したかのように語り始める。若い女の話だった。


(お、ついに魔女の話題か……)


私は再び身を乗り出すようにして話を聞く姿勢に入る。

だが違うようだ、どうやら若く傲慢だった頃の彼が修行中に出会ったただの行きずりの娘の話らしい。


「アズマーキラよ、信じられるか?乳首と髪の毛が同じオレンジ色だったんだぞ?」

「な、なんだって!それは本当なのか!?」


本当にそんなことがあり得るのか?

私は驚愕する。


だが老人は自分の目でたしかに見たと言う。

若かりし頃の彼はおぼこい三つ編みのオレンジ娘をどうにか口説き落として納屋に連れ込むことに成功したらしい。


藁の上に仰向けになり、恥ずかしそうに顔を隠す彼女の胸元に手を伸ばして乳房に触れようとしたくだりで、突然カリエンテが口を挟む。


「おい、爺さん、その話はいつまで続くんだ。要点を言え、要点を!」


どうやらいつの間にか起きてしまっていたようだ。


「ここからがいい所なのに……まあいいか」


老人はわざとらしく咳払いをする。


ようやく魔女の話題が始まるようだ。

だが、そこからはさっきと同じような話が続いた。


自信溢れる若者だった彼が都合のいい言葉で女を振り回して、最後は別れを告げられた女が彼を呪う言葉を吐きながら去っていく。


なんというか……本当につまらない話だ。カリエンテも退屈そうに耳を傾けていた。

しかし、その女は崖から飛び降りて、自ら命を絶ってしまったという。


カリエンテが口を開く。


「よくある話だな」

「あ、ああ、まあ……その通りだな……」

「性根の腐った男のせいで不幸な女が生まれ、そして死ぬ。男の方は俺だって苦しんでいるんだと、自分に言い訳をしながらのうのうと生き続ける……よくある話だ」


「……ああ……あんたの言う通りだ」


老人はそう言いながら再び枯れ木を焚き火の中に投げ入れる。

だが、彼の話はそこで終わらなかった。

死んだと思われた女が魔女となって帰ってきたのだ!


「あいつは本当に……本当に普通の、優しい女だったんだ。それがある夜、煙も熱もない青い炎に包まれながら俺の目の前に戻ってきたんだ。あいつが宙に浮かんでいるのを見ているだけで寒くて寒くて体が凍えて、耳や指が千切れそうになったことを覚えてる。怖かった、近寄ることもできなかった。だから俺は逃げたんだ」

「……」


「魔女になったあいつは元いた街に戻り、しばらくは普通に生活していたらしい。周囲からは何の疑問も持たれることなく何不自由なく暮らしていたそうだ。だが、彼女が街に戻ってから失踪する人間が、一人、二人と増え始めた」

「らしいとは?」


「……後から知った話なんだ。とにかく、彼女は鍋の具にしていたのか、あるいは何かの儀式のために犠牲にしたのか、とにかくひっそりと人間を攫って殺すようになっていた」

「それから?」


「そのうち、犠牲者はどんどん広がっていった。最初はいなくなっても誰も気にしないような連中だけだったが、次に街の衛兵が、そして住民が……」

「……」


「ある日、度重なる失踪に疑問を抱いた太守が調査隊を派遣した。豪商の子供までもが行方不明になっていたからな。だが、これがまずかった。事件のために派遣された調査隊が隣国を刺激することになった。あるいは彼女が裏で何か手を回していたのかもしれないが、とにかく戦端が開かれて、街には戦火が広がった」


「それで?」


「俺は戦地に送られ、戦いの中で何人もの仲間を失った。そして、誰もいなくなった焼け野原の街で彼女は俺の前に姿を現した。今でもその光景ははっきりと思い出せる。鉄の鎧の上からまるで木の実をもぎ取るように男の内臓を引き抜くと、血とはらわたを撒き散らしながら散歩でもするように俺に向かって歩いてきたんだ」


「……」


「だが、彼女は俺を殺さなかった。彼女は腰を抜かした俺を無視したまま振り返ることなくどこかへ消えていった」

「そうか」


老人は両手をだらりと垂らし、地面に描かれた落書きを消すようにせわしなく足を動かし続けている。

カリエンテは目の前で揺れ動く炎を見つめたきり黙ったままだ。


やがて、老人は大きく息をつくと再び口を開いた。


「そう、すべての原因は俺なんだ。気立てのよい女が魔女になり果てたのも、罪のない人間が魔女の犠牲になったのも、無数の街が火の海に変わったのも、一つの国が滅んだのも、弟子が死んだのも……すべて俺が発端だったんだ。才能があっても、人並み外れた力を手にしても何一ついいことができなかった。すべてはこの間抜けな老人の無責任な言動と臆病な心が招いたことだ」


「……」


「それで、その後は?」

「さあな……その後、彼女がどうなったのかは知らない。まさか寿命で死んだりはしないだろうが、カリエンテさん、あんたが知らない内に殺していてくれていたらありがたいんだがな、ははは……」


「その女の容姿は?」

「……額と左腕に『蛇の目』と呼ばれる入れ墨があった。確か砂漠出身の部族の魔除けの風習だ。歳の数が10増えるごとに入れ墨の数がひとつ増えるっていう伝統で、この辺では見かけない部族だったな。まあ、こんな程度のことじゃなんの参考にもならないだろうが」


「そうか、これまで会ったことはなさそうだが覚えておくことにしよう」

「……ああ、ありがとう」


老人は再び大きくため息をつく。


「結局、俺は逃げてばかりで何も成し遂げることはできなかった。そしてこうして年老いて死を待つだけの身となったわけだ」


「そうか」

「もう話すこともない。悪いな、カリエンテさん、アズマーキラ」


老人は焚き火を見つめたまま、それきり何も言わなくなった。

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