第44話老人と不眠

「……アズマーキラ」

「はい?」

「あの時、何故邪魔をしようとした?」


「……あの時?」

「そうだ、私がミチェリを殺しそうとした時だ」

「…………」

「答えろ」


「それはその……何だか、気の毒で……止めなくてはいけないと思いまして……」

「……二度目はないぞ」

「えっ?」

「次は容赦しない。もし次に同じことをしたら、今度はお前を確実に殺す」


「しょっ、しょ、承知しました」


カリエンテの瞳は怒りに満ちているように見えた。

だが、それ以上に悲しみや苦しみといった感情を秘めているように思えた。


もしかして……私がミチェリを守ったことに対して、この人は……ひょっとしてだが、その、不貞腐れてたのか?


だとしてもそれを問うことは出来まい。殴られるだけだろうからな。


「……」


カリエンテは再び沈黙してしまう。


私はどうしたらいいかわからず、しばらく彼女が口を開いてくれることを待っていたが、いつの間にか彼女は静かに寝息を立てていた。

私はシーツの代りに使っていたカリエンテのマントを彼女の肩までかけてやる。すると、カリエンテは猫のように体を丸めて眠り始めた。


私はそんな彼女を眺めながら、いつか子供たちと一緒に見た動物番組『犬がわんわんねこだいすき』をふと思い出していた。


「なあ爺さん、あんたも寝ないのか?」

「ご老人、あんたこそどうなんだ。見張りは私がやるから、あんたも休んでおいた方がいいんじゃないか?現代っ子の私は夜更かしに慣れているから大丈夫だ」


見知らぬ土地での旅路、警戒すべきことは山ほどある。

しかし、その疲労感から眠りに落ちていてもおかしくはなかったが、興奮しているせいか全く眠くはなかった。


何しろ異世界に魔法に怪物、そして魔女と女戦士の対決だ。まるで夢のような出来事が、つい数時間内に立て続けに起きたのだ。眠れと言われても困ってしまう。


「アズマーキラよ。俺が寝たら、あんたらを守れる人間がいなくなるぞ。こう見えてもまだちょっとした魔法なら使えるんだ。まあ、たいしたことはできんがな」

「そうか……では何か話でもしようじゃないか。ご老人、まずあんたの名前を教えてくれ。本来ならもっと早く聞くべきだったが、すっかり忘れていたよ」


「名前か……俺の名前は……もういいかな」

「ん?どうしてだ?」

「俺みたいなジジイにゃ、勿体無いってことだ」

「そうなのか?」

「ああ、それに俺の本当の名前は……いや、何でもない。呼び方に困ってるようならロー・ジーンとでも呼んでくれればいい」


「わ、わかった、よろしくなローさん」

「ああ」

「じゃあ早速聞きたいことがあるのだが、教えてくれるか?」

「おう、なんでも聞いてくれ」

「あんた、魔女のことに詳しかったようだが、魔女というのはどういった存在なんだ?」


「……ん、魔女か……魔女は恐ろしい奴らだ。見た目こそ美しく魅力的だが、俺たち人間とはまるで異なる生き物で……」


老人は目を細め、顎先の白髪を撫でながら慎重に言葉を選ぶように語ってくれた。だが、すぐに話を中断し、小さくため息を吐く。


「……?」

「……いや、爺さん、あんたなら話してもいいか」


「ああ、頼む」


「……魔女ってのはな、元々は普通の人間だったんだよ。それも気の毒な人々ばかりだ。親に捨てられた子供、戦災孤児、夫を兵隊に取られた未亡人……それから……まあ、色々だな」

「なるほど」

「そういう不幸な目にあったり、辛い思いをしてきた連中が死ぬと、ある日突然、不思議な力を手に入れて戻って来ることがある。それが魔女の始まりだ」

「……」


「魔女は誰かを憎み、呪い、そして人知を超えた恐るべき力を使って、この世界に災いをばら撒き続ける……けど、俺は思うんだ。魔女がそうなった原因は彼女たちのせいじゃないとな。彼女たちはただ単純に自分たちを不幸にした世界や運命を呪っているだけなのかもしれないんだ」

「……」


「……きっと生きている人間が悪いんだよ。まあ、こんなこと言ったって魔女は許してくれないだろうが」

「なるほどな……」


「だが、力の強い魔女は時に悩み苦しむ人々に救いの手を差し伸べ、戦いの術を与え、希望の道を示すこともある。特に神話の時代にあらゆる種族を隷属し、世界を支配していたドラゴンたちを、たった一人で空から叩き落し、地上から一掃して一匹残らず地下世界へと追いやった『氷の女王』と呼ばれる最初の魔女にはあちこちにその信仰を示すものが残ってるぞ。数千年前の遺跡のドラゴン除けの碑文にも彼女への祈りの文句が書いてあるくらいだからな」


「……氷の女王か……」


「ああ、つまり魔女は恐怖の対象でもあるし、同時に人間たちの救世主だったりもするわけだ」

「なるほど、すこし複雑な存在なんだな……」

「そうだ。だが、俺に言わせれば悲しい存在だよ」

「……」


老人は一息つくように、小さく息を吐くと焚き火の中に枯れた枝を放り込む。

パチッという水分が弾ける音と共に火の粉が舞い上がると、闇に吸い込まれるように消えていく。

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