第41話魔剣の呪いと頑丈一筋頑太郎

「わはははっ!皆殺しにしちゃるけえの!」


自我は保っているつもりだったが、

意思とは無関係にそんな言葉が口から飛び出す。


「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくれ!」


背後では老人が慌てているようだったが、今の私にはどうすることもできない。

それは剣の中にいる何者かの魂の残滓なのか、何かを思い切り叩き斬りたい衝動で、私の頭の中がいっぱいになる。


(や、やめろ……やめ、やめないと……ぶっ殺してやるからな!そうだ!殺してやる!私の言うことを聞けないなら、今すぐに死ぬべきだ!)


右脳と左脳までが殺戮を正当化する言葉と理由を次々と吐き出し続ける。

そして、つま先にまで漆黒の炎のような怒りが満ちた瞬間。


それは唐突に終わった。


魔剣を握る手が氷のように冷たくなったかと思うと、背筋に冷たい水滴を垂らされたようなショックとともに私は気を取り戻したのだ。


「……うへっ!へえっ!?あ、あれ……?」

「ど、どうしたんだ、爺さん、かなり物騒なことを言ってたが……」


老人は呆然とした表情で、大上段に剣を振りかぶったままの私を見上げている。

私は慌てて魔剣を鞘に収めると、胸元で抑えつけるようにしっかりと抱え込んだ。私は安堵のため息をつく。


「え、いやあ……目の前をこう、変な虫が横切ったもんだから、つい、驚いてしまってだな……」

「……そ、そうか……だが、そういう強力な武器には呪いがかかっていたっておかしくはない……迂闊に手を出さない方がいい」


冷や汗をかきながらどうにか平静を装う。


たしかにこのラ・フエンテ・デ・サングレは強大な力を秘めている。

しかし、同時に奇妙な呪いのようなものがかかっていることは間違いないだろう。


私は魔剣の支配から解放されるその刹那、頭の後ろか耳元で女の怒鳴り声や叫び声を聞いたのだ。思い出したくもないような、背筋の凍るおぞましい響きを持った声だった。


「ま、まあいいか、今はそれよりも……」


私は魔剣を抱えたまま、カリエンテの傍に膝をついて、改めて彼女の様子を見る。

彼女はまだ息があるようだが、下手をすれば命を落としてしまいかねない。


「ご老人、悪いが彼女を背負うのを手伝ってくれないか?安全な場所へと運びたいのだ」

「ああ、いいとも……と言いたいところだが……俺じゃ無理だな……」

「そ、そうか……」


たしかに2メートル近くある筋肉の塊のようなカリエンテの巨体を老いぼれだけで運べるはずもない。

それに老人はミチェリとの戦いで片腕を失ってしまっているのだ。


いや、そもそも安全な場所など何処にあるのだ?


ここは怪物の徘徊する未知の土地であり地獄谷温泉ではない、今や日も暮れつつあって外は危険だらけのはずだ。


「それではせめてシーツのようなものだけでも何か……」


そう言いかけたところで、カリエンテが薄目を開けてこちらを見ていることに気づく。カリエンテは私の姿を認めると、かすれた声で苦しげに呟いた。


「……剣を渡せ」

「かっ、かか、カリエンテ様!だ、だ、大丈夫ですか!?」

「……大丈夫だ。少しだけ休めば動けるようになる……早く寄こせ」

「は、はい!」


言われるままにカリエンテにラ・フエンテ・デ・サングレを手渡すと、彼女はそれを抱き締めるように胸に抱える。


「……ふん……」


すると、カリエンテの青白かった頬に赤みがさして少し生気が戻ったように見えた。

だが、ベストコンディションにはほど遠いだろう。


「か、カリエンテ様!あ、あの……!」

「……うるさい、許可なくしゃべるな、頭に響く……」

「す、すみません……」


私は頭を下げながらも、どうしても心配で尋ねずにはいられなかったのだ。やがて彼女は弱々しく、絞りだすように言葉を紡ぐ。


「……アズマーキラ、顔を見せろ」

「へっ、へえ!?顔ですか?」

「そうだ、早くしろ」

「は、はい!」


訳がわからないまま顔を近づけてやると、

彼女は私の顎を掴み、睨むようにこちらの目を見つめてきた。

まさか彼女はミチェリとの戦いで私が妨害したことをまだ怒っているのだろうか。


……いや、怒られて当然なのだが。


「怪我が治ってるな……」


言われてみれば、カリエンテに散々殴られたはずの怪我がきれいさっぱり消えてしまっていた。鼻が折れ、歯も抜け落ちて血まみれになっていたというのに、今ではすっかり元通りになっている。


「えっ、あっ、本当だ!……なんで?」

「……よかっ……ふん……私が知るか……」


「あ、はい。頑丈さだけが取り柄ですから……こう見えても頑丈のがんちゃんと評判で……えっへっへ」


「……それに……なんだそのおかしな服は」

「い、いえ、なんか気がついたら着せられていた感じで……うえへへ、異世界から私に着られるためにやって来たのかもしれませんね」

「黙れ」

「ひぃ!ごめんなさい!申し訳ありませんでした!」


「……まったく……」


カリエンテは苦し気にため息をついたかと思うと、再び目を閉じてしまった。

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