19:爆発
「それ、爆発とか、しないんですか」
「しないわよ失礼ね」
実はこいつ、ぬぼーっとしてるくせに言いたいことは言いたいだけ言うわよね。リーダーに頼んで黙らせといた方がよかったかしら、と思わなくもないけど、話してもらわないと困るのも事実。
ひとつ、ふたつ、コードを繋いでいく。異界潜航装置は全身のあちこちにコードを繋ぐことで意識体に肉体の情報を反映させるが、今日は頭周りだけ。本当は脳に直接ぶっ刺したいとこだけど、『こちら側』の技術でそれをやると取り返しがつかなくなるから妥協。アタシが持ち合わせてるのは残念ながら知識であって技術じゃない。アタシのお役目は、持てる知識を『こちら側』の技術に「翻訳」することだ。時には妥協が必要、っていうか妥協しかしてないわね、よくよく考えると。
ともあれ、寝台に横たわり、いがぐり頭のあちこちからコードを生やすXを眺める。上出来。コードの繋がる先は、いつもの異界潜航装置じゃなくて、新たに用意してもらったサーバーマシン。と言っても潜航装置みたいにどでかいラックいっぱいぎゅうぎゅうに詰めこんだやつじゃなくて、ひとまず四台のマシンを詰めた簡易的なもの。別に一台で試してもいいのだが、これで事故ってXが使い物にならなくなったら困るので、念のための冗長化。
「でも、嫌って言ってた割には協力的よね」
この装置は『潜航』とは直接は関係がない。ただ、これからのプロジェクトの発展には必要不可欠な実験と考えている。まあ試算では十中八九問題はないのだけど、念のため、プロジェクトのメンバーではなく、我らが異界潜航サンプルXをお借りしている、というわけ。
で、当初は『潜航』とは別の実験と聞いて相当嫌な顔をしていたXも、今はしれっとしたものだ。ぱちぱちと焦点のずれた目を瞬きながら、こちらを見る。
「物事、なるようにしか、なりません、ので」
完全に覚悟が完了している目つきだった。
「あんた、捕まるまで修行僧か何かだった?」
「違いますが……」
冗談に決まってんでしょ。仮に僧侶だったとか言われても全然驚かないけど。こいつ、ちょっと俗世とずれた世界に生きてる感じがあるから。言動の端々に滲む謎のストイックさといい、妙な覚悟の決まり方といい、困難を前にすると俄然やる気を出すところといい、ものすごく修行僧めいている。アスリートにも近い気はするけれど、常の静かさ、沈着さ、そういうところが俄然僧らしさを醸し出している。絶対滝行とかしててほしいもん。
「というわけで、今から、通信装置プロトタイプのテストを始めるわね」
「はあ」
「できないんじゃなかったのか、『異界』向けの通信って」
もしXに何か異変が起こった時のために、念のため控えているドクターが眉を寄せる。
「できないとは一言も言ってないわよ、今のアタシの発想力だと、このサーバーラックの二台目が必要になるだけって言ってる。机上で想定できる最低構成だけでもプラスでこれだもの」
馬鹿でかいサーバーラックに収まる異界潜航装置と、この時点で既に四枚のマシンを必要としている通信装置を指す。
「互いに機能を独立させてこれだから、こいつを潜航装置に組み込もうと思うとまたもうちょい色々かかって、装置が増えるってことはそれだけ面倒が増えるからその対処も必要」
ドクターはうんざりした表情で「あー」と言ってそれきり黙った。ドクターとアタシではジャンルが違うから互いに完全な理解は難しいにせよ、「できること」「できないこと」「できるけど難しいこと」という切り分けをしていること。そしてこれが「できるけど難しいこと」、正確には「極めて面倒が多いこと」に属するというのはよくよく伝わったとみえる。ドクターもそういうとこあるもんね。
「でも、まあ、不可能じゃないってわかってる以上、色々試してみるのは無駄じゃないと思って」
やってるうちに、コンパクト化のいい感じのアイデアも思い浮かぶかもしれないしね。知識を抱えてはいても、それをどう使うかはアタシ自身の頭に委ねられているわけで、どうしてもアタシはアタシ自身の限界を越えられない。困ったもんだけど、だからこそ面白いというのも、そう。
「それじゃX、目閉じて」
Xは瞼を閉じる。素直でよろしい。
装置を操作するためのキーボードを叩く。装置に繋いだ数枚のディスプレイのうち、コマンドを叩くための窓に映る文字列を眺めながら、最初のシーケンスを開始する。
数秒でシーケンス完了のログが表示されるとともに、もう一枚のディスプレイが明るくなる。Xが瞼を開いた、ということだ。壁も床も天井も、ただ白いだけの空間。唯一、縦横高さがわかりやすいようにグリッドを引いておいたくらい。
「ここ、は?」
Ⅹの声がスピーカーから響く。
このシーケンス自体はいつもの異界潜航装置の『潜航』のシーケンスと同じ。肉体から意識を切り離して『異界』に送り出し、その先で意識体を与えるという手続き。唯一、いつもの『潜航』と違うのは、行き先が『アタシの作った世界』だということだ。
「ハロー、聞こえるかしら?」
ヘッドセットのマイクに向けて語り掛けると、Xがきょろきょろと辺りを見渡すのがディスプレイの視界の動きからわかる。引いといてよかったなグリッド。
「……聞こえ、ます」
「そこはね、実験のためにアタシが装置上に作った仮想空間。空間への投射はオーケー、通信もいけてるみたいね。どんな風に聞こえる?」
「頭の中に、直接響いてますね。頭の中では、『音』と感じているのですが、耳から聞こえる感じではない。不思議です」
「うんうん、正確な表現で助かるわ」
Xはぼーっとしてる割に頭は切れる方だし、その分析はいたって正確なものだ。ただ、それを出力するのにちょっと時間がかかるだけで。それでも、「己の意見を差し挟まなくてよいもの」に対する応答は早い方だから、こういう実験にはもってこいだ。
「意識を切り離す時に、こっちの声が聞こえるようにちょっとした細工を加えてみたの。とはいえ、ちょっと不安定ね」
Xには聞こえているようだが、どうにもログを見る限り送受が安定しているとは言い難い。今は装置内の仮想空間だからいいが、これが本物の『異界』だと上手くやり取りできるかどうか。もう少しデータを取らないと何とも言えない。
すると、横で眺めていたドクターがぽつりと言う。
「っつーか、いつも思うんだが、どうやってるんだ、それ」
まあ、そりゃそう。通信の仕組みもそうだが、そもそも「肉体と意識を引きはがす」のも「意識にかりそめの形を与える」のも、現在解明されている限りの『こちら側』の技術では不可能といえばその通りなのだ。
「うーん、言葉で説明するのほんと難しくてさ」
「だから属人化って言われるんだぞ。監査官からも散々言われてんだろ、さっさと潜航装置の仕様書作れって」
「そりゃそうなんだけど。アタシ、マジで仕様書作るのって昔から大っ嫌いなのよね」
いや、実際の現場では用意されてなかったら「こいつら殺す!」って気持ちになったけど、自分で作るのはどうしてもダメ。そういうダメな奴らが集まると、殺意しかなくなるプロジェクトが爆誕するわけだけど、その点、ここのメンバーは、物事の記録を残すことに関しては――アタシを除いて――極めて優秀だ。
「それと、ドクターもご存じの通り、アタシが作るもんは理解できたらそれはそれで頭によくない」
「『異界』の論理が破綻なく理解できるよう、とっとと人類の脳味噌が進化してもらいたいもんだな」
「ほんとね」
アタシみたいな奴が増えるのはよろしくないが、『異界』の知識を取り入れればこういう現代の科学じゃ到底おっつかないことだって不可能じゃなくなる。もちろん、過ぎたるは猶及ばざるが如しというとおり、今の我々じゃ扱い切れないから「理解できない」のだともいうのだが。
そんな、明らかなオーバーテクノロジーを扱っている自覚はあるわよ、流石に。だから「アタシ以外に作れない」し、表にも出せるようなもんじゃないのだ。今は、まだ。
ともあれ、アタシは改めて仮想空間の中のXに向き合う。
「もうちょいデータ取りたいから、少しおしゃべりしましょうか。何か、言いたいことある?」
マイク越しにアタシとドクターの話を聞いていたらしいXは、しばしの沈黙ののち、重々しく言った。
「……あの、やっぱり、爆発したり、しませんか」
「しないって言ってるでしょ」
ほんと失礼よねこいつ。
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