エンジニアの章

エンジニアと呼ばれる彼の話

 エンジニア。もはや我々にはなくてはならない存在だ。他のメンバーも、それぞれ得難い人物だと思っているが、それでも役割それ自体は替えが利かないわけではない。それこそ、私の役目をいつか新人が継いでもおかしくない、と思っているように。

 だが、エンジニアだけは別だ。彼は、少なくとも今現在は彼以外の誰かで代替ができない。

 彼の経歴は我々の中でも異例で、異界研究者としては新人よりも歴が浅い。つまり、『異界』の存在を知ったのがそう過去の話ではない、ということ。それまでは『異界』とは無縁のフリーランスのシステムエンジニアであったらしい。

 だが、彼は突然『異界』を知ることになる。『異界』からの来訪者と接触したのだ。それだけなら他のメンバーとそう変わらないが、異なるのは、それと極めて深く関わりを持ったらしい、ということ。「らしい」というのは、私は「それから」の彼しか知らないからだ。

 彼の知識と知恵は、『こちら側』のそれとは一線を画している。『異界』の存在から分け与えられたというそれらをもって、エンジニアは他の誰もが実現不可能だと断じた異界潜航装置を作り上げたのだ。

 ただし、『こちら側』にあり得ざる知識を得た代償は極めて大きい。

 別にアレに何を奪われたわけでもないのだ、と彼はあっけらかんと笑う。

「ただ、ただ、アタシ自身が与えられたものに耐えられないだけ」

 彼の脳には常に負荷がかかっている。極めて重篤な負荷が。おそらく、常人ならばとっくに意識を手放していておかしくないくらいの、『異界』の論理が彼の頭に詰まっている。けれど彼は、それこそを武器にしてプロジェクトに貢献している。そうすることでしか、自分を見出してくれた私たちに報いることはできないから、と。

 言葉や態度は軽く見えるが、極めて真面目で義理堅く、また、己の発言に誠実。そういう人物だ。だから、私は彼を心から信頼しているし、彼がなるべく長く、それでいて心安らかに、メンバーの一人としてこの場にいてほしい、と願ってやまない。

 そういえば、あの特徴的な女言葉については、どうやら彼なりの「気遣い」らしい。彼曰く「言いたいこと言うと角が立ちやすいから、少しでも丸く聞こえるように」とのこと。言いたいことにオブラートをかけようとしないあたり、極めて彼らしいと思う。

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