08:こもれび

 俺の役目は、主に異界潜航サンプルの『潜航』前後の状態をチェックし、『異界』がサンプルにどのような影響を及ぼしているか、というデータを蓄積することだが、『潜航』の最中にサンプルに異変が起こらないか監視するのも仕事の一つ。

 とはいえ、それは大概においては暇な仕事だ。『異界』における異界潜航サンプルXは、どのような場に置かれても、それこそ『こちら側』とまるで異なる理を持つ『異界』であっても、即座に場のルールを把握して判断できる、希有な人材だ。これで、積極的に目の前の事象――特に、危険だとわかっているものに首を突っ込む癖さえなければ完璧なのだが。

 さて、今回の『異界』ではどうなのか、といえば。

 ディスプレイ一面に広がるのは、森だった。森と言っても色々種類があるし、今までXの目を通して数々の『異界』の森を観測してきたが、今回のそれは、木漏れ日が差し込む明るい森だ。普段の『潜航』で目にする混沌とした『異界』に比べれば、いたって長閑ですらある。

 それらが、全て、『こちら側』の数倍のサイズ感であることを除けば。

 Xのサンダル履きの足が踏むのは、足のサイズよりもずっと大きな落ち葉。背丈よりも高い下草に、取り囲むのに数人は必要そうなやたらと太い幹を持つ木。何よりも目につくのは、足元にごろごろしている、人の頭ほどの、もしくはそれ以上の大きさをした木の実だ。

 スピーカーから、やけに上手いXの口笛が聞こえてくる。曲目は、幼い頃に聞いた童謡。『どんぐりころころ』。

 そう、このつやつやとした木の実は、俺の目にもどんぐりに見えている。サイズが椰子の実よりも大きいことを除けば、という注釈を省くことは絶対にできないのだが。

 サンダルの爪先が、足元のどんぐりをこつりと蹴る。そして、ディスプレイの視界が頭上へと向けられる。

 全てのサイズが大きい、ということは、もちろん高さもそうであって、木漏れ日は、遥か高い場所から差し込んでいる。よくよく目を凝らせば、木々の葉の合間にどんぐりが生っているのが見てとれる。地面からの距離が遠いせいか、いっそ『こちら側』のサイズに近く見える辺り、スケール感が完全に狂っていた。

 不意に、ぴたりと、口笛が止んで。

「これ、頭に落ちてきたら、死にそうですね」

 Xの低い声がそう呟いた刹那、ディスプレイの隅に落ちる、巨大などんぐり。高みから重力加速度を得たそれは、地面にめりこまんばかりの勢いだった。確かに、これが直撃したらひとたまりもない、わけだが。

 こんな事故で死なれたら、上に何て報告すればいいんだ? 死亡診断書に「どんぐり」って書かなきゃならんのか?

 ――悠長なこと言ってないで、事故る前に帰ってこい!

 俺は頭を抱えずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る