監査官の章

監査官と呼ばれる彼の話

 監査官は、厳密には当プロジェクトの「メンバー」ではない。国から派遣されている、我々の監視役だ。

 そもそもこの国には相当古い時代から『異界』の存在を知るものがいる。彼らは国の上層部に食いこみ、『異界』の存在を「知られれば混乱を招く」として一般市民には隠しながら、一方で『異界』を研究し続けている。

 我々のプロジェクトは、彼らの援助を受けた公的なものである。もちろん前述の通り一般に知られることは許されず、表向きは全く別の研究をしていることになっているが。

 そして監査官は、古くから『異界』を知るという上役に縁のある存在である。詳細を知ることはないが、何らかの理由で『異界』の存在を知るに至った我々とは異なり、監査官は『異界』を知る者たちの間に育ち、当たり前のように『異界』の知識を与えられてきた、ということらしい。

 彼の役目は我々が国の利益に反する行動を取らないかどうかの監視。ついでに、彼が上役に行う報告は我々の首ではなく懐にも響いてくる。そんなわけで、我々は品行方正、清く正しく『異界』の調査を行う必要があるわけだ。

 とはいえ、監査官である彼は我々にはおおむね好意的であり、ただでさえ人手の足りないプロジェクトの進行を助けてくれることも多く、ほとんどメンバーと同等の存在として受け入れられている。何なら、エンジニアなど上に便宜を図ってくれるよう積極的に交渉を持ちかけているのだからしたたかなものである。

 ただ、プロジェクトには対しては全面的に協力の姿勢を見せるが、唯一、監査官が苦手としているのがXの存在である。

 監査官は常々Xの危険性に警鐘を鳴らしている。Xは殺戮の限りを尽くした犯罪者であり、どれだけ従順であろうともその一挙一動には警戒を払うべきなのだ、と。

 言いたいことはわかる。ただ、Xの言動を見る限り、少なくとも我々に殺意を向けてくることはないだろう、という確信もある。もう少し正確に言葉を選ぶなら、「我々が清く正しくある限り」。そういう人物だ。

 もちろん、監査官も我々同様にXを見てきているのだから、それは理解しているはずだ。その上で我々よりもXに強い警戒を見せるのは――、彼が、我々には必要がないと断じたXの「素性」を知っているからではないか、と。そう言ったのは、サブリーダーだったか、否か。

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