カンボジアの創世記

 この資料は面白いですが、とにかく長いです。時間があって興味のある方だけにお勧めします。



 これは仏陀だけしか御存知ないことだが、昔はこの世はたった一つの世界でなしに、数個の世界があった。各世界は果てしのない水面上に漂う三つの土の皿のようなもので、その皿は各々その端で繋がっていた。

 この触れあう三つの皿の間に出来た小さな空間は、親殺し・坊主殺し・自殺者等が地獄へ堕ちる入口に当っている。地獄は淵で、その底は世界の下につながっている。そこには常闇が支配し、物音一つせず、寒冷で、ここに堕ちた罪人は蝙蝠のように頭を低くたれて爪で壁にしがみついている。

 各土の皿は似ている。その真ん中に巨大な須弥山が聳えている。これは七つの山の帯と七つの海の帯、合計14の帯にとり巻かれている。その裾は無限の広さの大洋となって皿の縁に及んでいる。

 この大洋は誰も横切ることは出来ないが、その中に四つの大陸が浮かんでいる。そのうち東のものは円形で、北のものは方形、西のものは乗物の形をし、南のものが我々の住む大陸で三日月形をしている。この最後の大陸には大きな森があって、隠者や動物、例えば半分精霊で半分鳥のガルダなどが住んでいる。その他巨人や悪性の妖怪も住んでいる。樹木は想像をゆるさないほどの高さに達して、或るものは女の花をつけている。この花は7日目には魚になって「この国のどこかにあるが、今は忘れられてしまっている湖」へ泳ぎに行く。

 太陽も月も遊星も須弥山の周囲をめぐる。太陽がまわって須弥山の陰に入った時が夜である。

 太陽と月(月もカンボジアでは男性である)とは、光を放たない大きな恐ろしい星を兄弟に持っていた。即ちラーウである。星になる前には、この3人の兄弟はいずれも若い王子で、いずれも信心深かった。毎日3人は米を修道僧に施すことを怠らなかった。太陽はその米を金の鉢に入れて運び、月は銀の鉢に、ラーウは大きな錫の鉢に入れて運んだ。そこでラーウは大きな星となって他の兄弟のように光らなくなってしまった。「このお星様は2人の兄弟を嫉妬して呑もうとするのだという人もありますが、それは嘘です。」ラーウは太陽と月を愛してその後を追うなどということはしなかった。何故なら、彼の姿は他の2人の兄弟を怖れさすことをよく知っていたからである。しかし2人の兄弟に出合うと、つい自分の口が大きく、兄弟を呑む癖のあるのを忘れては抱擁せずにはいられなくなる。しかしすぐに呑んだ兄弟を吐き出す(日蝕・月蝕の説明である)。それで妊婦はこの星に安産を祈る。

 土の皿は非常に厚くて、その厚みの中には方形の下へ下へと重なった七つの大きな地獄があり、その地獄はまた各々七つの小さな地獄に分かれている。最後のものが一番恐ろしく、この世を支える無限の拡がりを持つ水からあまり隔たらないところにある。ここで罪を犯した者がどのような恐ろしい目に遭うかは我々の想像し得るところではない。

 地獄や天国に幾百万年ものあいだ人間のままでいることがあるが、それだけ経つとまた地上に生まれ変わって来なければならない。涅槃に入るまでは幾度も同じことを繰返す。

 須弥山の中腹に、山をとり巻いて第1の天国がある。残る天国はその上にある。その帯は上に行くほど小さくなる。第26番目の天国の上、最後の天国が涅槃で、ここには未だ仏陀だけしか達していない。

 最初の天国にはこの世界の守護者テヴォダの神々が住んでいる。その上の天国にはプロムが住んでいて、この神には未だ女の性別がなかった。

 この世が創まって以来、この世は幾度か破壊されてはまた造られたのであるが、「何のためにそんなことが行われたのか、理由はわかりません。」

 テヴォダがもしこの世界の人間があまり悪くなったと考えた時には、風により、火により、或いは水によりこの世界を破壊する。ただずっと上の天国だけがこの破壊から逃れる。

 最後に我々の世界が破壊された時には火が用いられた。まず雨が降らなくなって、太陽があらゆるものをからからに焦いた。次いでいま一つの太陽が現れ、また他のものが現れ、七つまで現れた。そしてあらゆるもの、土地と下の方の天国までが焦けて埃になってしまった。そこに住んでいたものはもっと上に登らなくてはならなくなり、ために上の天国は人数がふえて窮屈になった。ついに雨が降り始め、今度は大きな海となるまで降り続いた。やがて風が吹き出し、海は泡立ち、その泡が凝り始め、それが土となり、すべては前の形に復した。

 その地上に再び人間を生んだのはプロムである。如何にして生んだか。風が吹いている間は軽くて身体の光るプロムたちは空中を飛翔していた。ところが海が泡立ち始めると、その泡を食いたくなった。泡を食った。と、不消化を起して身体は消えてなくなった。

 その時太陽が再び現れて須弥山の周囲をめぐり始めた。泡が凝って来ると、プロムたちは土を喰い、ついで植物を、それから特殊な稲――それは煮えて生えて来る――を喰った。その米がうまかったので彼らは腹一杯食ったために腹痛を起した。と、肛門が出来て腹が軽くなった。その時同時に性が分れた。

 こうして男と女とが出来、彼等は交わった。

 しかし煮えて生える稲は枯れ始めたので、火を起してそれを焼いて食べた。鍋が未だなかったので、水を入れて煮ることを知らなかったからである。また彼等は家を建て、その他人間の必要とする種々のものを造った。やがて盗賊が現れ、それと闘う必要が生じた。最後に彼等はお互いが和解し合うために長(おさ)を定めることを思いついた。

 これが最初の王である。王は賢者として皆から離れて住み、瞑想に耽り、その結果再び空中を飛翔する術を会得した。王はその方法を4人の王子に伝え、また死ぬ前に4人の王子をそれぞれ四つの大陸の王に任じ、規則正しく父王の国を訪ねに戻って来るよう言いきかせた。

 しかし数年もすると、彼等は父王の国を忘れ、また飛ぶ方法も忘れてしまった。この4人の王はまたそれぞれ10人の王子を持った。死ぬ前に各自の王国をそれぞれ10人の王子に分け与え、規則正しく便りをするようにと言い聞かせた。しかし数年もすると、王子たちはいずれもその教えを忘れてしまった。

 10人の王は、その国土をまたその子に分け与えた。その王子たちも、その子孫も、訪問も便りも忘れて同じことをした。

 四つの大陸はこうして小国に分れ、各王は隣国を思わず、お互いに他人同士になってしまった。

 この世のことやプロムのことを、このように言う者がありますが、また、違ったように言う者もあります。



 仏教の影響は強いようですが、その他の要素も混じり合って面白い世界観だと思います。




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