第4章 激突!大運動会

「ねえ、総次君。ちょっと話があるんだけどいいかな?」

3時限目の授業が終わった直後、総次のもとに千歳と倭がやって来た。

「話ってなんだ?」

「あのね、今度の日曜日にある町内大運動会のことなんだけど、800メートルリレーに私たちと一緒に参加して欲しいんだけど、どうかな?」

「なんだ、その町内大運動会って?」

総次がきょとんとしながら尋ねると、千歳と倭は驚いた様子で顔を見合わせた。

「あ、そっか。総次君はまだ皐月町に来て日が浅いから、運動会のことは知らないんだ」

千歳は左の手のひらを右の拳でポンと軽く叩いた。

「そんなに有名なのか、その運動会って」

「おお、有名も何も皐月町の住人なら子供でも知っているぞ。何しろ賞品がすごく豪華だからな」

総次の疑問に倭が答える。

「うん、そうなの。特に町内対抗800メートルリレーの賞品は例年いいものばかりで、そのぶん競争率が高いのよ。だから、少しでもいいメンバーをそろえるため、私たちと同じ地区に住んでいる総次君をスカウトしに来たってわけよ」

「なるほど、そういうことか。確か今週の日曜日は特に予定もないから、俺でよければいいぞ」

少し思案した後、総次は千歳からの誘いを受けることにした。

断る理由もないし、それに豪華な賞品というものに少し興味を持ったからである。

総次の返事を聞いた千歳は手放しに喜んだ。

「ありがとう、総次君。実はね、このあいだの体力測定のときに総次君の足が速いことを知っていたから、今度のリレーになんとしても誘いたかったのよ。いい返事がもらえて嬉しいわ」

「まあ、足の速さだけには少し自信があるんだ」

総次は自分の長所を誉めそやされて照れくさそうに頬をかいた。

他の運動に関しては普通のひとと同じくらいの能力しか持っていない総次だが、走ることだけは数少ない自慢の種であった。

実際、前の高校では体育系の部活動をしていない身でありながら、陸上部の人間相手に互角の勝負をしており、陸上部からのスカウトを受けている。

だから、リレーは総次にとって得意な種目になる。

人間誰にでもひとつは取り柄があるとよく言われるが、総次にとっては走ることがまさしくそれに該当していた。

「総次が加われば、まさに鬼に金棒ってやつだな。あと、隣のクラスにいる野球部の菊澤も参加してくれると言っているし、これなら十分勝算があるな」

倭も満面の笑みを浮かべていた。

「うん、そうね。これならいけるわ」

その言葉に力強くうなずく千歳。

「それじゃあ、総次君。今度の日曜日、一緒に頑張ろうね」

「俺たちの目標は優勝だけだから、しっかり頼むぞ。そうじゃないと、賞品の質が一気に落ちるからな」

「分かった。ふたりの期待を裏切らないように頑張るよ」

運動会に対する熱い情熱をほとばしらせる友人に対し、総次は苦笑いを浮かべながら抱負を述べた。


無事に今日一日の学校生活を終え、総次が下宿先の水無月家へ戻ると、若葉が真剣な面持ちで出迎えた。

「総次君、折り入ってお願いしたいことがあるのだけど、今、時間はいいかしら?」

「えっと、構いませんけど」

総次は若葉の表情に、ただならぬ気配を感じた。

何か大変のことでも起こったのだろうか。

総次に緊張の糸が走る。

「それじゃあ、今すぐリビングに来てちょうだい」

「分かりました」

総次は若葉と一緒にリビングへ足を踏み入れた。

中には青葉と紅葉の姿もあった。

「あ、おかえり、お兄ちゃん」

「おかえりなさい、総次さん」

向かい合うような形でソファに座っているふたりが出迎えの挨拶をした。

「ただいま、紅葉ちゃん、青葉ちゃん」

総次はふたりに挨拶を返すと、青葉と紅葉の右手側にあるソファに腰掛けた。

そのあとに続くように、若葉が総次の反対側のソファに座ると、静かな口調で話しかけた。

「総次君、今週の日曜日、何か予定はあるの?」

「あ、えっと、その日は友人の誘いを受けて、この町の運動会に出るようになっていますけど・・・」

総次はくぐもった声でおずおずと答えた。

いつも穏やかな笑みで話す若葉が珍しく真剣な顔をしているので、つい緊張してしまい、

声が思うように出せなかった。

「そう・・・それならちょうどよかったわ。話というのはその運動会のことなの」

と言ったとたん、若葉の顔にいつもの穏やかさが戻った。

「はい?」

予想外の言葉に、総次は思わずあっけに取られてしまった。

もっと重要な話かと思っていたのに、まさか運動会のこととは夢にも思わなかったからである。

───折り入ったお願いがまさか運動会のこととは・・・

張り詰めていた緊張の糸が一気に切れて、大きな脱力感に見舞われる。

「あ、えっと・・・その運動会の話って、どんなことですか?」

総次は懸命に気を取り直そうと試みながら尋ねた。

「実はね、総次君にパン食い競争に出てもらいたいのだけど、駄目かしら?」

「もしかして、若葉さんはその競技の賞品が欲しいんですか?」

「あら、よく分かったわね。そのパン食い競争の1位の賞品というのが最新式の電子レンジみたいなの。ほら、最近うちの電子レンジって調子悪いじゃない。だから、その代わりとしてそれが手に入れば、買い直さずに済むかなと思って、総次君にこういうお願いをしたの。あ、もちろん無理に参加しろとは言わないから、嫌なら嫌と言ってちょうだい」

「分かりました。若葉さんの期待に応えられるかどうか分かりませんが、そうなるように頑張ってみます」

「ありがとう、総次君。わがままなお願いをしてごめんなさいね。そのかわり、この恩は必ず返すわ」

若葉は嬉々とした表情を浮かべながら言った。

「いえ、俺のほうこそいつもお世話になっていますから気を使わないでください。それにまだ賞品が手に入ったわけでもありませんから」

「それじゃあ、私の気がすまないわ。だから、引き受けてくれたお礼はさせてちょうだい」

総次の言葉に対して、若葉は首を横に振った。

「分かりました。それなら、俺が1位になって電子レンジを手に入れたら、改めて若葉さんのお礼をありがたく受けさせてもらいます」

総次は若葉の強固な意志に根負けし、彼女の言い分に従うことにした。

「ありがとう。そうなることを祈っているわ」

若葉は満足そうに微笑んだ。

「あ、お兄ちゃん。あのね、紅葉も運動会のことでお願いがあるんだけど、いい?」

若葉との会話が終わった直後、今度は紅葉が真剣な顔をしながら話しかけてきた。

「紅葉ちゃんも何か俺に参加してもらいたい競技でもあるのかい?」

「うん。あのね、お兄ちゃんに二人三脚と障害物競走に出て欲しいの。そして、二人三脚は紅葉とペアを組んで欲しいの」

「ああ、いいよ。他ならぬ紅葉ちゃんのお願いだから喜んで引き受けるよ」

「わーい!ありがとう、お兄ちゃん!お兄ちゃんは優しいから大好き!」

紅葉は飛び跳ねんばかりに喜びをあらわにした。

「ハハハ・・・」

総次は照れくさそうに頭をかいた。

嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった複雑な気持ちにかられる。

紅葉のような可愛い女の子に面と向かって「大好き!」と言われては、照れてしまうのが当然だ。

「青葉ちゃんも何か欲しい賞品があるなら遠慮しないで言ってくれ。俺がその賞品が出る競技に参加するからさ」

総次は青葉だけ何もしてあげないのは差別しているようだと思い、彼女の欲しい物も手に入れることを考えた。

総次の言葉に、青葉は頬に手を当て考え込む仕草を見せた。

「あの、リレーの賞品の中に食器乾燥機があると聞いているので、できればそれが欲しいんですけど・・・」

「OK。リレーなら俺が最初から参加をする予定の種目だから問題ないよ。乾燥機がもらえるように頑張るよ」

「ありがとうございます」

青葉も嬉しそうな笑みをこぼした。

「フフフ、みんな今度の運動会は総次君に頼りきっているわね。それなら、私たちも精一杯応援しないといけないわね。私も当日、会場まで応援に行きたいのだけど、仕事で行けないからそのぶん青葉と紅葉が総次君を応援してね」

若葉はふたりの娘を交互に見ながら言った。

「ええ。運動会の日は、腕によりをかけておいしいお弁当を作って、総次さんの応援をしますね」

「紅葉もお母さんのぶんまでお兄ちゃんを応援するね」

青葉と紅葉は総次に向かって可愛らしい微笑みを送った。

「みんなの期待に応えられるよう頑張るよ」

総次は小さなガッツポーズを作って、運動会に対する意気込みを見せた。

このように全面的に他人に頼られるというのは、総次にとって初めての出来事だったので、それがとても嬉しかった。

歓喜はやがてゆっくりと気合に変わり、心が来たる日に備え始める。

千歳からのリレーの参加を引き受けたときから、勝ちたいという気持ちはあったが、今はその思いがさらに強くなっていた。

正直なはなし、運動会の賞品には総次自身それほど固執していない。

ただし、親友の期待に応えたいという思いはある。

そして、それ以上に若葉、青葉、紅葉の期待に応えたいという気持ちがあった。

それらの思いが重なり合い、否応なしに運動会での勝利への気運が高まっていった。

───絶対にみんなの期待を裏切らないようにしよう!

総次は心の中で強く自分自身に言い聞かせた。

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