7月14日 迎えが来ても

24.ビニールプール

 大学に向かう道の途中で、大量の水が流れる音と、子供のはしゃぎ声がした。


 あぁ、ビニールプールだ。午前中に水を張っておいて昼頃に入るんだよな。

 子供としたらすぐにでも入りたいけど、水道水そのままだと冷たすぎて風邪をひくから半日ぐらいおいてぬるくするんだ。


 大人になった今ならその理屈はよくわかる。けれど小学校どころか幼稚園にいくかいかないかぐらいの子にそんな理屈はなかなか通じない。

 だから親は、あの手この手で昼まで引き延ばすんだって母が言ってたっけ。


 俺も幼馴染と互いの家を行き来して遊んだっけな。




 夕方、家に帰る途中、朝のビニールプールの家のそばを通った。

 さすがにこの時間には入っていないらしく、子供の声はしていなかった。そのかわり。


「今日も暑かったわぁ」


 お母さんらしき人のつぶやきと、水を流す音が聞こえた。


 あぁ、昼間にプールに付き合って疲れたんだな。水遊びだし目を離すわけにいかないもんな。

 何かの記事で「五センチの水深でも溺れる」みたいなこと書いてたの読んだことあるし。


 特に今は昼間はめちゃ暑いから大変だよな。

 俺らも母たちにそんな苦労をかけて遊ばせてもらってたんだな。あの頃は今よりも最高気温は三度くらい低かったけど。


 そんな話を夕食の席でしてみた。


「そうねぇ。確かに、今の方が暑くて大変そうね」

「明が子供のころは最高気温三十五度が一番暑いぐらいで、今みたいに三十七とか八とかは、なかったもんなぁ」

「でも朝一番で入れたら風邪ひくのよね」

「明もそれで熱だしたことあったよな」


 両親が昔を懐かしんでいる。


「クリスちゃんともよく一緒に遊んだわよねぇ。プールの中ですべっちゃって尻もちついたクリスちゃんを慰めようとして自分が大コケして明の方が大泣きしたのよね」


 そんな恥ずかしいことは忘れてくれ。ってか、また記憶が捏造されてるっ!


 思わずクリスを見た。

 あはは、と笑ってる。


「おまえ、また記憶を入れ替えたのか」


 部屋に戻って、くっついてきたクリスにちょっと文句を言ってみる。


「違いますよ。いちいち記憶を上書きしてるのではなくて、明くんの幼馴染さんがいるシーンの彼女のところが丸ごとわたしに変わってるんです」


 手段はなんにしても記憶を改ざんしてるのに変わりはない。


「記憶、元に戻るんだろうな?」

「わたしがミナリィエに帰ったら戻るはずです」


 なんだよ、はず、って。

 そうつっこもうとした時、部屋の空気が揺らぐのを感じた。

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