20.甘くない

 クリスを連れて家へと帰る。


 爆弾処理に居合わせた人達の反応が気になるけれど、あんなファンタジックなことが実際に起きるわけがない、って感じでスルーしてくれないかなぁと期待した。


 いや、それにすがりたかっただけかもしれない。

 今のオンラインの情報拡散は、そんな甘いもんじゃない。


 家に戻って、SNSを見てみる。

 ……やっぱり、静止画や動画がアップされている。


 配慮してくれる人はクリスの顔をぼかしてくれているけれど、そういうことお構いなしの人は無修正で公開している。


 恐れていた通り、まず駅が特定される。

 クリスが何者かは誰にも判らない。だって異世界の人だもんな。


 けど、だからか、一緒にいる俺に言及し始める。

 爆弾騒ぎからここまで、二時間ほどだ。

 このままだと、身バレ必至だ。


 ネットで騒がれる分には沈黙を通せばいいけど、駅でこんなことやったんだから逮捕とかされないだろうか。

 そっちの方の心配も出てくる。


「まずい状況ですか?」


 クリスが心配そうに尋ねてくる。


「あぁ。かなり」


 余裕がないからそれしか答えられない。


「もう少し魔力が回復したら、何とかしてみます」

「できるのか?」

「多分」


 頼りないなぁと苦笑いしつつ、試してくれるだけでもありがたい。ダメ元ってヤツだ。

 とりあえずクリスは一時間近く仮眠することになった。


 彼女が部屋に戻っていってすぐ、スマホに着信音がする。メッセージが届いたみたいだけど。

 もしかして、と見てみると、やっぱり、大学の友人からだ。


『なんか、駅で騒いでた画像が広がってるけど、あれ、おまえ?』


 あぁやっぱり。

 取り合えず、『そんなわけないだろうー(笑)』と返しておく。


『でも、剣構えて何かしてた女の子って、この前大学に来てた幼馴染だよな?』


 うわぁ、しまった! リアルでクリスに会ってたんだった!

 これ、どう反応するべき?

 既読無視? ごまかす? クリスを知ってる人だけに本当のことを話して口止めする?

 どう応えてもヤバい気がする。


『とにかく俺らは関係ないし、変なことネットでつぶやくなよ? リアル特定されたらとばっちりくるから』


 それだけ送って、あとは未読無視することに決めた。


 着信音が何度かして、そのたびにびくっとなる、落ち着かない時間を過ごした。


 一時間ちょっとして、クリスが部屋にくる。

 どうにかしてくれるかもしれないと思うと、とたんに女神に見える。


「どうやって『なんとか』するんだ?」

「いんたーねっとに載せられてしまった情報をすべて消去します」


 俺の両親にかけた記憶操作の魔法を応用してネット上の情報操作をする、ということらしい。


「でもそれじゃ、今ネット上にある画像とかは消えるけれど、記録を手元に残しているヤツがまた更新してしまうぞ」


 クリスはうーんとうなったが、いい事を思いついた、と笑顔になる。


「ちゃんと許可を取った動画配信の撮影だったということにしてしまいましょう。削除ではなくてわたしと明くんの顔を少し変えたうえでぼかしを入れます」


 それなら完全削除よりも使う魔力量が少なくて済むらしい。消すよりも上書きの方が楽なのか。


 さらに、アップされている画像とかにクリスが書き換えた情報の方が正しいのだと信じる魔法も保険でかけておくという。


「すげぇな魔法! ってか怖いなそこまでいくと」


 でも怖いとか言ってられない。今はそれに頼るしかない。


 クリスがまた部屋の床に魔法陣を描き始める。

 俺は邪魔にならないようにベッドの上に座って、彼女の大がかりな魔法を祈るような気持ちで見つめた。


 また異世界語で朗々と歌い上げるように呪文を唱える。

 何度みても、ちょっとかっこいい。


“その記憶はまやかしなり。これこそが真実”


 クリスがモニターの例の画像に向けて杖を振るった。


 どうなった? と見に行くと、ぼかしとかが入ってなかった画像にもすべて加工が施されている。


『なんか、動画配信の撮影だったみたいだな』

『えー? いいなぁ生で見られて』

『俺、思わずこの時通報したけど、駅にも撮影の許可とってたってさ』


 コメントが穏便なものに変わってる。

 クリスや俺を特定しようとする文章はすべて消えていた。

 よかった!


「ありがとう、クリス」

「いえいえ。明くんにはたくさん協力していただいたのですから、これくらい当然です」


 ちょっと疲れた顔で笑うクリスを、ちょっとかわいいとか思ってしまった。

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