7月9日 雨と飴

10.ぽたぽた

 大学の帰り、また夕立にあった。


 クリスに会ったのも夕立の時だっけ、いや結局あれは夜までしっかり降ってたから夕立じゃないのか、なんて考えながら鞄の中から傘を出そうとしたら、ない。


 げ、忘れた。


 走って帰るにはちょっと遠い距離だけどタクシーなんか使う財政的余裕はない。


 しかたない。母にはイヤミを言われるだろうけどここはひとつ拝み倒して傘を持ってきてもらうか。


『傘忘れた。迎え求む』


 メッセージを送るとすぐに既読になった。なんか待ち構えられてるみたいで思わずうげっと声が漏れて隣を通りすぎる人にチラ見されてしまった。


『クリスちゃんが今そっちに向かってるよ~ん♪ 仲良く帰っておいで♡』


 ああぁ、こりゃ母が喜ぶシチュエーションじゃないか。「幼馴染同士、仲良くやりなさいよ~♪」なんてニマニマしてるのが目に浮かぶ。


 とか考えてたらクリスがやってきた。

 母から借りたチュニックとフレアスカートだ。髪や目の色がそんなにファンタジックじゃないからこうやって見ると普通に地球人っぽい。


 目立たなくてよかった、とほっとしたけど、……なんか違和感。


「ごめんなさい、明くんの傘を持ってくるの忘れちゃった」


 違和感の正体はそこだった。

 すました顔で言うことじゃないだろう。


「おい。それじゃ意味ねーだろ」

「途中で気づいたんだけど、引き返すと遅くなっちゃうと思って。相合傘で帰りましょう」


 ……まさかこれが狙いでわざと、なんてことは……。

 母がとも考えられるのが怖い所だ。


 けど、傘が一本なら二人で一緒に入るしかないのが現実で。

 まさかクリスが持ってくるの忘れたんだからおまえが濡れて帰れと言えるはずもない。


 仕方なく、俺はクリスと一緒に一つの傘で帰ることにした(相合傘なんて言いたくない)。


 一応、相手は女性だ。一応。

 なのでクリスの方に傘を差し出して歩く。


「ミナリィエにも雨が降るよな?」

「降りますね」

「そっちにも傘みたいなのがあるのか?」

「どちらかというとこちらのレインコートのようなものが主流です。雨よけの魔法なんかを知っている人はそちらを使いますし、テレポートを知っている方はもちろんそれで帰りますけど」


 だからこれは貴重な体験ですね、とクリスがにこにこしている。


 そりゃよかったな。


 こっちは家に着くころには左肩の方がびしょ濡れなんだけど。袖を絞ったらぽたぽたどころかぼたぼたっと水分が玄関先を濡らすほどだ。


「まったく、風邪ひいたらどうするんだよ」


 悪態をついたけどクリスが来てくれなかったら全身びしょ濡れになってたわけだから強くは言えない。


「明くんが風邪をひいたら、わたしが全力で看病しますよ」


 ふふっと笑われて、ちょっとどきっとした。


 いや、そこは神官の治癒魔法で治すところじゃないのか?


 相変わらず思考がちょっとポンコツだよなと思いながらも、悪い気分じゃなかったのは、こいつには絶対内緒だ。

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