幽霊屋敷捜査編

第22話 私だってたまにはわがままを言う


 ナディアちゃんと東都アクサリアに来て2週間。

 私たちは東都観光を満喫していた。


「うわぁ~すっごい高い!」

「私もはじめてのぼりました」


 ここは東都タワーの展望台。

 この街で一番高い塔のてっぺんだ。


「ねぇカナデさん、あれって何かな!?」


 ナディアちゃんはガラス越しに、特徴的な屋根の建物を指差す。


 あれは……劇場だったかな?

 演劇とか歌劇とか、いろんなものが観られるはずだ。


「次はあそこ行ってみますか?」

「うん!」

「じゃあ行きましょう」


 私たちは展望台を離れ、1階行きのエレベーターに乗る。

 ちなみに動力は魔法技術の応用らしい。


 ファンタジーの中に唐突にこういうものがあるのも、元がゲームって感じがする。


 RPGゲームあるあるだけど、『ボーダレス』では街ごとに特色づけがされていた。


 海近くで街全体がリゾートの街とか。

 霊山の麓にある宗教色の強い街とか。

 砂漠の中のやたら灼熱の街とか。


 砂漠の街では炎の剣とか炎耐性のマントとかが買えるんだよね。


 そういう分類でいくと、アクサリアの特徴は技術の進んだ近代的な街だ。

 だからエレベーター以外にも、夜も明るい街灯や自動販売機なんかもあったりする。


 これは他の街にはないもので、それがナディアちゃんには珍しくてたまらないようだ。


「カナデさん! 箱からポーション出てきたよ!?」

「そうですね~」


 自販機にはしゃぐなんてかわいいなぁ。


「わあ~おもしろーい!」

「わわっ! 押しすぎですよ!?」


 慌ててボタン連打をやめさせる。


「もうっ壊れちゃいますよ」

「えへへっごめんなさい」


 大量のポーションを半分こで持ちつつ、その後は演劇を観たり、道端の大道芸を観たりした。


 そうして夜もとっぷりと暮れた頃、私たちは泊まっている宿へ帰ってくる。


「はあぁ~今日も楽しかったぁ~」


 ナディアちゃんは履き物を脱ぎ、ベッドへダイブする。


 元気だなぁ。

 私はちょっと歩き疲れちゃった。


「ふぅ~」


 私がベッドに腰を下ろすと、木材がギシギシ軋む。

 ちなみに体重のせいではない。

 単にベッドが古すぎるだけで……いや、本当に!


「……」


 なんとなく部屋を見回す。


 ……もの増えたなぁ。

 元々宿の狭い部屋だ。

 連日の観光でいろいろ買っている内に、かなりスペースを圧迫している。

 その内、足の踏み場もなくなりそうだ。


「……あっ! もうお風呂閉まっちゃいますよ!?」


 時計を見た私は慌てて立ち上がる。


 この部屋にはシャワーがない。

 なので近くの公衆浴場に通ってるのだが、その閉店時間がもうすぐだ。


「えぇ~今日はいいよ~」

「よくないです!」


 ナディアちゃんは若いから!

 大人になるとお風呂をサボると翌朝が本当に悲惨なのだ……!


 私は彼女を半ば引きずるように公衆浴場へ向かう。


「はふぅ~」


 お風呂気持ちいい。

 やっぱり街にいる時くらい、毎日お風呂入りたいなぁ。


「ナディアちゃん、ほら髪洗わないと」

「うぅ~いいよぉ~」

「ダーメ!」


 ナディアちゃんはお風呂苦手みたい。

 逃げる彼女を捕まえて髪を洗ってると、なんだかお母さんになった気分。


「何でそんなにお風呂嫌いなんですか?」

「えぇ~何でだろ……あんまり入る習慣がなかったから?」

「ふーん」


 『ボーダレス』では街によって文化も異なるし、そういうところもあるのかな?


 まあ、それは別にいいとして。


 チラッ

    チラッ

 チラッ


 そんなにめだってるつもりはないのに、どうにも周りからの視線を感じる。


 自意識過剰?


「うーん……」


 お風呂が広いのはいいけど、周りに人がいっぱいいるのはやっぱり苦手。


 ナディアちゃんは気にしてないみたいだけど、何とかしたいなぁ……。


 そして、公衆浴場からの帰り道。

 私は彼女に尋ねてみた。


「ナディアちゃんは東都にどれくらい滞在する予定ですか?」

「え? どうして?」


 ちょっと唐突すぎたかな。


 ナディアちゃんは面喰らった顔をしていたけど、それからうーんと考えて。


「東都にもおもしろいものたくさんあるし、それにこの辺って気になるものだらけだしな~」

「そうですよね」


 東都のあるアクサリア大平野には古くから人が住んでいた。


 そのため東都周辺には観光名所以外にも、各地の名物・名産、噂に伝説、古代人の遺跡など、彼女の興味を惹くものが数多ある。


 その全てを回ろうと思ったら、半年あってもとても無理だ。


「そうだなー1年くらいはいるのかな?」

「……ですよね!」


 よし……!


「ナディアちゃん、実は相談があるんですが……」

「何?」

「1年以上滞在するつもりなら、空いてる貸家を探しませんか?」

「貸家?」

「あの宿は手狭になってきましたし、ものの置ける場所が必要ですよ」

「うーん貸家かぁ……」

「ほ、ほら貸家なら東都を離れる時に解約すればいいだけですし!」


 難色を示すナディアちゃんを必死になって説得する。

 自由を好む彼女が足枷になりそうなものを嫌うのは分かるけど。


 でも正直……もっと広い部屋とプライベートな空間が欲しい!

 あと人目を気にせず入れるお風呂も!


「初期費用は私が出しますし、なんならナディアちゃんは家賃払わなくても……」

「えー、それはダメだよー」


 うぅ、手強い。


 彼女を説得するためにあれこれしている内に、気がついたら宿に着いてしまった。


「えーと、えーと、それじゃあ……」


 それでもまだ諦め切れなくて何かないかと言葉を探していると、急にナディアちゃんが立ち止まる。


「あれ? おじさん何してるの?」

「!?」


 男の人はなぜか私たちが宿泊する部屋の前にいた。

 しかも今、鍵穴を覗いて……。


「あ、あはは、いや、何でもないよ」


 その人はヘタな言い訳をしながら慌てて立ち去る。


「……っ」


 それが横を通りすぎる間、私は俯いたまま顔を上げられなかった。


「カナデさん、大丈夫?」

「……ナディアちゃん、ぜっっったいに引っ越しましょう」


 心配してくれる彼女に対して、私は断固たる決意をもってそう告げた。


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